1991年-トピックス-
日本IBM「サービス・カンパニー」宣言
- 椎名社長が91年初のキックオフ・ミーティングで「IBMの経営信条にある通り、我々の本来の使命はカスタマー・サービス。毎日の仕事を「お客様第一」でやっているかどうか振り返っていただきたい」とスピーチ。ハードウェア中心のビジネスから「サービス・カンパニー」への変身を宣言した(1月)。
「PS/55Z model 5510Z」―初のDOS/V専用パソコン
- OADG発足を受け、動作確認用「リファレンス・マシン」の位置付けで発売した、初の「DOS/V」専用デスクトップPC。それまでの「PS/55シリーズ」でもDOS/Vは動作したが、「5510Z」は、DOS/V以外の日本語DOSは動作しなかった。ATバスを採用した初めてのDOS/Vパソコンでもあった。当時のIBM製PCとしては破格の198,000円(HDDの付属しないモデルの本体価格)で、業界の話題となった低価格製品(5月)。
アップルとテクノロジー分野で包括提携―「PowerPC」共同開発
- IBMコーポレーションとアップルコンピュータがテクノロジー分野で歴史的な包括提携。合意した中に、モトローラを加えた3社による新RISCマイクロプロセッサー「PowerPC」の共同開発も含まれた。アップルのジョン・スカリー会長は「一連の合意は、まさにルネッサンスと呼ぶに値する出来事」とコメントした(10月)。
幕張事業所完成―ソフト開発と研修の拠点
- システム技術部門と研修部門を集約する日本IBMのソフトウェア開発と研修の一大拠点として幕張事業所が竣工した。地上10階、地下1階、塔屋2階のビルに約1,100名の社員が入居。「MTSC(Makuhari Technical Support Center:幕張技術支援センター)を設置し、世界各地のIBMからシステム技術情報を収集する体制を整えた(7月)。
お客様満足度向上委員会(CSMC)発足
- 最重要課題である「お客様の満足度向上」のために、部門横断の組織「顧客満足度向上委員会(CSMC:Customer Satisfaction Management Committee)」を設置し、月1回の定期委員会開催を開始した。初代委員長には北城専務取締役が就任。CS/MDQの考え方に基づき、お客様の満足度を高めるための会社の仕組みや施策の改善活動を実施している(1月)。(補注:1993年名称をお客様満足度向上委員会に改称、委員長に社長が就任する体制に変更。2000年には中堅中小企業のお客様をサポートする営業部門であるゼネラル・ビジネス事業部が日本経営品質賞(JQA)を受賞した)
SI事業が急成長―「ミニSI」のニーズが拡大
- 1991年度、ハードとソフト/サービスの売上比率が1980年代の70:30から60:40に変化。中でもSI(システム・インテグレーション)ビジネスは2倍の伸びを記録し、ノン・ハード部門の売上の約1割を占めるとともに、従来型の大規模SIから「ミニSI」のニーズが伸びた。代表的な事例は、江戸東京博物館の10万点以上の人形や衣類、錦絵などの保管物を検索できる「博物館情報システム」(9121+PS/55)や初穂商事で承認プロセスの簡素化を行った「販売管理・経理業務システム」(9406+PS/55)構築など。
オープン・システム・センターの開設
- クライアント/サーバー型システムの急速な進展に伴い、IBMコーポレーションは業界の先頭に立ってオープン・システムを実現していく「オープン・システム・リーダー」方針を宣言した。その一環として、箱崎事業所に業界初となるマルチベンダー環境対応の「オープン・システム・センター(OSC)」を開設。IBMのSAA(System Application Architecture)環境とUNIX環境の統合に加え、他社システムとの統合を実現するため、国際標準や業界標準策定に積極的に参画するとともに、各種標準に準拠した製品対応を進めることが目的だった(11月)。
ソリューション統括本部設立
- サービス・カンパニーへの変革スピードをあげるため、分散していたソリューション関連の組織をソリューション部門「APSO(Asia Pacific Solution Operations)」に統合し、ソリューション統括本部を新設。それまでの300人体制から2,000人を超える規模にまで大幅拡充した(10月)。
営業第一線へのリソース強化
1991年度は、本社および開発製造部門から約500名の社員を営業部門に投入し、お客様からの多様な要望に即応できる体制を確立。また、8つあった営業統括本部をサブ・インダストリー別、地域別にサポートするため12に分割した。OEMビジネスが3倍以上の成長―三菱電機にメインフレームをOEM提供
- 小型磁気ディスクや半導体(DRAM、VGA、ゲートアレイなど)、プリンターヘッドなどを中心としたOEMビジネスが1991年度に急成長し、売上は前年比で3倍以上に躍進した。IBMとして史上初となるメインフレームのOEM提供となった三菱電機への「ES/9121」と「MVS」の供給(4月)や、リコーへの「PS/55」と「AS/400」の供給、日立への「PS/55 note」の供与なども1991年に行われた。
メインフレーム用UNIX―「AIX/ESA」発表
- 「オープン・システム・リーダー宣言」の一環として、UNIXの標準推進団体であった「OSF(Open Software Foundation)」の規約に基づいたメインフレーム用UNIX基本ソフトウェア「AIX/ESA」を発表。メインフレーム上で初めてUNIXとIBMの世界を融合させた(9月)。(補注:OSFは1996年にX/Openと合併してThe Open Groupの一部門となった)
ボランティア・サービス休暇・休職制度導入
- 自発的、継続的に社会福祉や災害救助、国際交流、環境保全の4分野でボランティア活動を実施している社員を対象に「ボランティア・サービス休暇/休職制度」を導入。同時にボランティア活動に必要な備品・機材などの購入資金などを援助する「ボランティア活動資金援助プログラム」を創設した。「良き企業市民たれ」という考えの下、ボランティア活動を社員個人の権利とし、「支持して指示せず」の基本姿勢のもと、社員へのサービス提供のみに徹することが特徴(1月)。
「PS/55 note 5523S」―IBM初のノートPC登場
- ノートブックPCは、日本が世界に先駆けて開拓した分野。IBMでも日本で最初に開発された。初代ノートPC「PS/55note 5523-S」は、他社に先駆けて640_480ドット(それまでは640_400ドットが主流)と広いVGAグラッフィック画面を採用しながら、筐体はより小さいA4ジャストサイズを実現した。ボディカラーに、当時珍しい「黒」を採用したシンプルなデザインとコンパクトな設計が評価された。「ThinkPad」の原点となった製品(3月)。
「PCオープン・アーキテクチャー推進協議会(OADG)」設立
- 異なるメーカーのPC間でソフトウェアを共通利用する基盤を整備・推進するためにPCオープン・アーキテクチャー推進協議会(OADG)を、日立、富士通、ソニーなど11社で設立。世界標準となったIBMの「PC/AT」技術を基礎として共通アーキテクチャーのOADG仕様を定めた。設立当時は、事務局を大和事業所に置き、会員企業に「DOS/V J4.0J」対応の基本ソフトなどが提供された(3月)。
その他の出来事
- 全世界向けのHDDの製造責任が藤沢工場に(7月)
- 野洲事業所が労働大臣努力賞受賞(10月)
- 「ベンダー・ロゴ・ハードウェア(VLH)制度」を導入(12月)
- 営業部門分割―産業システム、情報システム、サービス・ビジネスの3事業本部設立(12月)
- 日本IBM環境安全委員会設置
1991年設立の関連会社
- ㈱エム・アイ・ティ・システム開発(MIT)
(広島県、1月)
モルテン、マツダなど中国地方の企業と共同設立した大型システムのソフト開発会社 - ソリューション・ラボ・九州㈱ (現日本アイ・ビー・エム 西部ソリューション㈱(IGSE))
(福岡県、4月)
福岡電子計算センターなど九州の5社と共同出資した中小型システムのソフト開発会社 - ソリューション・ラボ・関西㈱ (現日本アイビーエム・ビジネス・ソリューション㈱)
(大阪府、4月)
サンテックなど関西の5社と共同出資した中小型システムのソフト開発会社 - ソリューション・ラボ・ティーエスアイ㈱(SLTSI)
(大阪府、4月)
トランス・コスモスおよび関西の特約店4社と共同出資した中小型システムのソフト開発会社 - ソリューション・ラボ・東京㈱(SLTKY)
中小型システムのソフト開発会社 - ㈱トヨタシステムインターナショナル
(愛知県、11月)
トヨタ、東芝と共同出資。2001年資本関係を解消し、㈱トヨタコミュニケーションシステムに統合
People & Finance
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従業員数
:24,855 (年度末集計)
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総売上高
:1兆2721億44百万円 (対前年 -4.1%)
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国内売上高
:9038億25百万円 (対前年 -6.8%)
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経常利益
:1035億16百万円 (対前年 -32.9%)
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当期利益
:564億84百万円 (対前年 -31.8%)