日本IBM科学賞第3回(1989年)受賞者
受賞者紹介
立矢 正典(たちや・まさのり)
昭和19年 8月31日生まれ
工業技術院化学技術研究所 主任研究官

昭和 42年
東京大学工学部原子力工学科卒業
昭和 48年
東京大学大学院博士課程修了
昭和 48年
ノートルダム大学博士研究員
昭和 52年
工業技術院化学技術研究所
昭和 56年
工業技術院化学技術研究所主任研究官
昭和 62年
ハーン・マイトナー研究所
デルフト工科大学客員研究員専門:
理論化学
著書:
『Kinetics of Nonhomogeneous Processes』
(John Wiley&Sons/共著)
贈賞の理由
凝縮相における反応のダイナミックスの理論的研究
凝縮系での化学反応は、化学の最も基本的なテーマの1つです。しかし、均質系の反応とは異なって、非均質系を含む一般的な系についての普遍的な理論はありませんでした。立矢主任研究官は、分子動力学に基づく確率論の考え方を導入し、一般的な系についてもあてはまる化学反応理論を作り上げました。
第1の成果は「ミセル系の化学反応」で、これは人工光合成などの電荷分離に関係する反応系として、非常に注目されています。たとえば石鹸を水に溶かすと、石鹸の分子は直径が1000分の数ミクロンという小さな粒(ミセル)になって、水の中に浮遊します。このミセル溶液での化学反応は、反応分子がミセルの中に捕らえられるため、普通の溶液中での化学反応よりずっと速くなります。ところが、この事実を厳密に説明できる理論はありませんでした。
問題は、1つ1つのミセルに何個の反応分子が入るかわからないこと、反応分子が1つのミセルから別のミセルにどのように移動するかが不明なことでした。立矢主任研究官はまず、ミセル中の反応分子の数は、全体としてポワソン分布をとることを示しました。そして、ミセル間の分子移動についての定式化に成功し、さらに、母関数法という数学的手法を使って、非均質系の化学反応を説明する理論を打ち立てたのです。この成果は「立矢の式」と呼ばれ、現在コロイド化学の強力な武器として世界で広く使われています。
第2の成果は、液体中での電荷の再結合反応の理論を確立したことです。正と負のイオンの対再結合については、有名なオンサーガー博士の理論がありますが、立矢理論によると、オンサーガー理論は溶媒とイオンの衝突頻度が非常に高い極限でのみ成立することが明らかになりました。また、均一的なイオン再結合反応の速度定数についても、有名なデバイ理論が立矢理論に含まれることが明らかになりました。立矢理論
は実験的にも証明され、液相反応と気相反応との橋渡しをすることになったのです。
※所属名および役職は、受賞時のものです。
