本業を通じた社会への貢献がこれからのCSR
川本:私個人にとって、IBMはアドバンスト・カンパニーとして、CSRに関してもダイバーシティーを含めて、さまざまな面で先進的な取り組みをされているイメージがあります。それは企業文化によるところが大きいのでしょうか。
橋本:IBMコーポレーションは来年で100周年を迎えますが、初代社長のトーマス・J・ワトソンが目指した「良き企業市民たれ」という精神が、時代を超えて現在も全世界のIBMの中に脈々と受け継がれています。
川本:橋本社長はCSRをどのように考えてらっしゃいますか
橋本:私自身は、CSRを二つの観点からとらえています。一つは、内部統制やコンプライアンス、説明責任など、企業が社会で継続していくために果たさなければならないものです。もう一つは、社会あるいは地球全体の持続可能性を高めるため、企業市民として取り組んでいくものです。
川本:IBMのCSRの特徴はどのようなところにあるのでしょうか。
橋本:IBMのCSRにも、いま申しあげた双方の側面があります。まずコンプライアンスや情報セキュリティーなど経営の基盤となる取り組み、そして、社会や地球への貢献として私どもが提唱しているビジョン「Smarter Planet」実現に向けた取り組みとその他の社会貢献活動があります。
川本:Smarter Planetの考え方はCSRの要素を含んでおり、社会貢献の一部と言えますよね。
橋本:はい。ただし、Smarter Planetは当社のビジネスの核ですので、ある意味、新しい社会貢献の姿と言えるでしょう。CSRという概念が世の中に出てきたころは、本業とは独立したかたちのものが多々ありましたが、近年は事業を通した社会への貢献へと変わってきました。
川本:その企業ならではの強みを生かした社会貢献になってきたということですね。実は私の考えとしても、本業を通しての社会貢献こそをCSRと位置付けるべきだと思っています。本業と関係のないところでCSRをうたったとしても、企業の責任とは結び付かないのではないかと考えているのです。
橋本:そうですね。企業活動とあまりにかけ離れてしまうと、経営環境によっては、最初に見直されてしまうこともあります。
川本:同感です。だからこそ、Smarter Planetのようなアイデアはとてもいいと思います。本業であるテクノロジーを駆使して、地球や環境のことを考えるわけですよね。環境を変えることができ、考え方を変えていくためのテクノロジーを持つ企業。それこそが、私たちがイメージする、まさしくIBMだと思います。このSmarter Planetはどのような発想から生まれたものなのですか。
橋本:まず今回の金融危機なども含めた世界的な経済環境の大きな変化から、いわゆる株主資本主義だけではなく、企業に新しい価値観が求められるようになりました。現在、地球上には大量の無駄が存在しています。例えば、日本において、交通渋滞は現在年間12兆円の経済ロスがありますし、食の問題でも1,900万トン近くの食糧が廃棄されています。そうした無駄をなくして持続可能な豊かな社会を目指すという価値観を多くの人が共有しています。
一方、テクノロジーは、これまでは解けなかった社会的な課題までも解決できるように着実に進化を遂げました。
Smarter Planetは、同じタイミングに重なったこれらの環境変化を見据えて、ITがもたらす地球規模の新しい価値を提唱したものです。
方向性を打ち出す源は社会とのダイアローグと変革のDNA
川本:CSRの具体的な取り組みとして、ほかに注力されている分野はありますか。
橋本:当社の社会貢献活動の特徴の一つは、単に寄付を行うのではなく、社員が自らのスキルやノウハウなどを組み合わせて実行していくことにあります。特に注力しているのは教育分野で、ITを活用した教育プログラムを提供したり、「IBM科学賞」など科学技術振興を支援する取り組みを行っています。また環境分野についても、IBMは日本で環境庁が発足したのと同じ1971年に環境ポリシーを策定し、継続的にさまざまな施策を進めてきました。
川本:お話を伺っていると、取り組みがどれもとても早い時期から行われていると感じます。グローバルで事業を展開している企業だからこそ、世界のベスト・プラクティスをさまざまな分野に持ち込み社会を形づくっていく。その手段としてIT技術を活用しているということですよね。まさにCSRと実業が一体化しています。それは、もともとの業種の性質として、そういう側面が強いということがあるのでしょうか。
橋本:逆の見方をすれば、ITそのものがコモディティー化しやすいという側面を持っています。新しいビジネスを考え、常に変革を続けないと成長していけないビジネス領域なのです。
川本:
ということは、IBMは常に社会とのダイアローグ(対話)を十分にとっているのだと思います。だからこそ、社会の方向性を敏感にとらえることができるし、そのニーズに貢献できるようなものを提案できるのでしょう。
橋本:IBMは「Global Technology Outlook(GTO)」というレポートを毎年作成し、戦略立案に役立てています。GTOは世界中のIBMの研究者が集い、5年後、10年後のテクノロジーがどういうかたちで企業活動や社会に進化をもたらすかを予測しています。
川本:常に社会に目を向け客観的な分析を行い、「先を見る力」が求められるということですね。しかし、ニーズをくみ上げて、さらに新しいものを作り出すという「クリエーション」はなかなか難しいところだと思います。IBMのクリエーションの源はITという生業、「技術」という分野にあるのでしょうか。
橋本:ITだからというより、むしろ変革し続けるDNAにあるのではないかと思います。IBMはもともと肉切り機や秤の製造販売業に端を発し、それが会計機になり、コンピューターになり、社会の変革をリードする技術を提供してきた歴史があるのです。
社員が自信と誇りをもって働ける職場づくりを推進
川本:変革のDNAが価値を生み出しているということですが、その原動力となるのは「人」にほかならないと思います。社員一人一人がハッピーな状態でなければ、価値を生むどころか、CSRを語ることさえできません。社員に向けた取り組みに対してどのようにお考えですか。
橋本:私も、CSRの源泉はEmployee Satisfaction(社員満足)だと思います。社員が生き生きと自信と誇りを持って働ける環境が不可欠です。私が社長に就任してから一番に言い続けていることが「自由闊達な企業文化の醸成」です。そのために、特にワークライフ・バランスやグローバルな人材育成に力を入れています。
また、風通しを良くするために、ラウンド・テーブルのような形で、職位の違う社員同士での話し合いを持つ機会もありますし、社長に意見を提案する、いわゆる目安箱のような仕組みもあります。
川本:グローバル人材の育成のほか、社員の活躍の場を広げ、成長を促すさまざまな取り組みをされているようですが、IBMならではの長所はどんなところにありますか。あるいは、より良い会社となるための課題はありますか。
橋本:IBMの長所は、何といっても、人が自ら育つ仕組みや文化的土壌があるところだと思います。チャレンジすれば間違いなく自己成長を図れる職場環境があります。私自身、名古屋で入社し、英語もほとんどできない状態でニューヨークにあるIBM本社で勤務し、その後もさまざまな経験を積むことができました。一方、現在の課題については、社員一人一人にとって「のりしろ」のある環境づくりが重要だと考えています。
川本:のりしろと言いますと、具体的にはどういうことでしょうか。
橋本:自分の業務範囲を限定せず、余裕を持てる仕組みづくりです。例えば、一部のチームでは、個人単位ではなく、グループ全体の成果で評価する仕組みを導入しました。チーム内で連携しながら、お客様にとって価値の高いご提案をしていくためです。毎日一人一人の社員が成長していくことを実感できるような仕組みが必要だと思っています。
川本:それは大きなチャレンジですね。
橋本:会社ですから、ビジネスの結果も求めながら、社員一人一人が成長できるようにしたいですね。経営の一番難しいところであり、面白いところだとも思います。成長を支えるための働きやすい職場づくりも推進しています。例えば、日本IBM社内で外国籍の社員が能力を発揮できる環境づくりに取り組んでいます。異なるカルチャーを積極的に取り込むことで、新しいものを作り出そうと考えています。
川本:日本に来ている留学生は卒業後、3割程度しか就職できないそうです。それでは皆本国に帰ってしまいますし、留学に来る学生自体が減ってしまいますよね。
また育児休業なども、制度をつくるだけではなく、男性が自ら率先して取得してほしいですね。夜遅くまで働きすぎず、自分の仕事が終われば帰宅するといったことが徹底されないと、本当の意味でのワークライフ・バランスは実現できません。仕事がすべてになってしまうと、Smarter Planetも達成できないと思います。生活の体験がないと理解しづらい側面がたくさんありますから。会社だけではなく、生活においても軸足があることが必要だと思います。
橋本:そのとおりですね。ワークとライフのバランスがないと、社員満足も自己実現もできません。以前のような、労働時間を延長してGDPを上げる時代ではないということですよね。内容や質が重要だと思います。
社会への適用範囲を広げてさらなる価値の創造を
川本:さきほど、IBMは常に変革を続けていく企業だという話がありましたが、それに応じて社会の中での存在意義をどう発揮していくかというところも変わっていくのではないかと思います。今後、いわゆるコンピューターの会社から大きく変化していくのでしょうか。
橋本:情報技術の適用範囲が広がってきたと考えていただいたほうがよいかもしれません。IBMは大型コンピューターの製造販売からシステム運用やコンサルティングまで、テクノロジーを核に事業領域を拡大してきました。それがSmarterPlanetでは企業や組織の枠を飛び越え、広く社会の領域に入ったと認識しています。
川本:渋滞の待ち時間にしても、輸入して結局廃棄される食糧にしても、本当はなくしたい。これらを効率化する、まさしくSmarter Planetの取り組みが必要だと思います。だからこそ、今後もアドバンスト・カンパニーとして存在感を発揮し、日本の経済や、社会を引っ張っていってほしいです。
橋本:Smarter Planetの実現には、異業種、産学官のコラボレーションが必要不可欠です。Smarter Planetを提唱してから、従来よりお付き合いの幅が格段に広がりました。テクノロジー・カンパニーとして、これまでIBMが実践してきた変革をお客様にもお届けしたいと考えています。グローバルに最適統合された企業の強みを発揮して、世界のどこでも海外展開するお客様のご支援もできる、ビジネス・モデルそのものをリードできる会社になりたいと考えています。
橋本 孝之(はしもと たかゆき)
日本アイ・ビー・エム株式会社代表取締役社長。名古屋大学卒。AS/400製品事業部長、ゼネラル・ビジネス事業部長、常務執行役員、専務執行役員、取締役専務執行役員を経て、2009年 現職に就任。
川本 裕子(かわもと ゆうこ)氏
早稲田大学大学院ファイナンス研究科教授。東京大学卒。オックスフォード大学大学院修士(経済)。東京銀行(現:三菱東京UFJ銀行)、マッキンゼー東京支社・パリ支社を経て2004年より現職。
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