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グリッドの活用でビジネス変革を進める欧米金融機関


著者 上田 聡、根岸 史季 共著
掲載日 2008年7月8日

欧米金融機関でのグリッド利用の経緯

グリッドとは、分散する異なる組織の異機種の複数コンピューターを動的に連携させてユーザーに仮想的なコンピューターを提供する技術である。これが本来のグリッドの定義であるが、グリッドは企業内であまり活躍していないコンピューターの稼働率を上げる資源の有効利用やコスト削減の側面に焦点が当てられる。しかし、現在、欧米の金融機関が取り入れているグリッド技術はもっと"攻め"の視点から利用されている。圧倒的なコンピューター処理能力を獲得して、従来のビジネスモデルを一新させ利益を稼ぐための道具として位置づけられている。

欧米では、2001年前後から市場取引の電子化が急速に進み、データやトランザクションのボリュームが爆発的に増加してきた。このような環境の中で、市場の成長スピードに乗り遅れない様に、金融機関はシステムの大幅な増強を"連続的に"実現していくことを求められている。したがって、グリッドは、ビジネス上のプレッシャーがダイレクトに押し寄せるユーザー部門主導で検討され始める場合が多く、最初は資本市場部門などの特定アプリケーションで利用される。その後、そのような動きが社内の幾つもの部門で出始めると、全体の統制をとり効率的な開発・運営をしようと、システム部門を中心にガバナンスが検討され、全社的なグリッドへと移行しているようである。

いかにビジネスが変わってきたか

アルゴリズム取引(リアルタイムで入手する市場データをもとに、事前に定められたルールに基づきシステムが自動的に高速で株式などの売買発注を行う取引)に代表されるように、金融市場のビジネスモデルは、今後、電子化の進行に伴い全く新しいものに変わりつつある。現在の金融市場では"スピード"が不可欠の要素になっており、如何に競争力のある価格や適正なリスク分析結果を、他社に先駆けて算出し、取引を獲得するかが勝負の分かれ目になっている。

これまでも、市場取引業務では「如何に精緻に計算するか」と「如何に迅速に計算するか」とはビジネス遂行上、常にトレードオフの関係であり、現場では妥協レベルを見つけ、バランスがとられてきた。
しかしグリッドにより、

など、欧米の金融機関は「ITの進歩」が、自分たちのビジネスをこれまでとは次元の違うトレードオフの妥協レベルに引き上げていることにいち早く気づいている。そして、そこで戦うIT武器の主力として、グリッドを積極的に活用しているのである。

図1は、ロンドンとニューヨークのフロントでのデリバティブ商品のプライシングの業務システムにグリッドを利用している事例である。高速化を実現しながらも今後の市場のニーズの複雑化に合わせた更なるシステムの拡張性と信頼性を実現している。
市場分野だけでなく、リテール分野でも、例えば

などにより、これまでは計算パワーの制約から机上の空論であったようなマーケティングのアイデアを実現可能なものとし、ビジネスモデルをこれまでとは全く違ったものにするチャンスが生まれている。

グリッド利用の現状

欧米の金融機関でのグリッドの利用形態は大きくは以下の二つに分かれている。
一つはよりリアルタイムに、膨大な量のデータを処理する為のデータグリッドである。アルゴリズム取引など、金融市場と連動した処理を主に行う。
もう一つはより高度で複雑な計算を行うためのCPUグリッドである。リスクの評価やデリバティブのプライシングは複雑な金融モデルのシミュレーションを行い計算される。CPUグリッドにより従来では困難であったデリバティブ商品の開発やリスクの適正・迅速な評価が可能になっている。

欧米の金融機関ではまずCPUグリッドに始まり、グリッドを業務に適用してきたが、その規模は今や数千CPUから多いところでは1万CPUを超える。さらにこの巨大なグリッドインフラをリスクの評価やデリバティブのプライシングだけではなく、ポジション管理やポートフォリオ分析、データグリッドと組み合わせてリアルタイム損益評価などさまざまな領域に適用している金融機関もある。もはや欧米金融機関にとってグリッドはインフラとして無くてはならないものであり、既に関心事は次に述べる領域に移っている。

欧米の金融機関での課題

グリッドの規模が拡大するにつれグリッドの課題も明確になってきており、大きく以下の二つに分かれる。

よりインテリジェントなグリッド構築に向かう欧米金融機関

このようなグリッドの飽和現象への対応策が欧米では現在検討されている。今まで大きな流れとして、グリッドを構築していたサーバーは基本的に同型のコモディティーの薄型サーバーかブレードサーバーであって、いわばクラスタ的なグリッドであった。最初はこのような安価で高性能なサーバーを用いるのが合理的な選択であったが、汎用的で小さなサーバーを大量導入したことにより管理対象が増えすぎて前述のように数千台超のサーバーを持つ金融機関も少なくない。ハードウェア的に均質なグリッドをこのまま肥大化させても効果が出ない以上は他のアプローチが必要であり、主に以下の二つのパターンでの対応が検討されている。

一つ目は他のシステムアーキテクチャーの活用である。これまでの「集約化⇔分散化」の間を行き来するITトレンドに則りグリッドという分散化の極地に行き着いた後に見直されているのは集約化の極地であるメインフレームである。また、「汎用システム⇔専用システム」の波も同様にあり、専用システムの検討も進んでいる。具体的には家庭用ゲーム機でも用いられているCell Broadband Engine™(Cell/B.E.)やGraphics Processing Unit(GPU)などを計算に用いようという試みである。これらのハードウェアは適用業務こそ限定されるが、その業務においては既存ハードウェアと比べて桁違いの性能を同じ電力・スペース・発熱で得ることが出来る。

二つ目は外部の計算資源の活用である。成長著しい欧米金融機関のグリッドが既存の自社データセンターを占拠してさらに新しいデータセンターを要求するようになると、本当にこの巨大なインフラを自分たちで全て維持する必要性があるのかという疑問がわいてくる。そこでIBM Deep Computing Capacity on Demand(DCCoD)に代表されるITベンダーが提供する計算資源のオンデマンド・サービスの検討がなされ、その検討過程で本当に自社が持たなくてはいけない資源とそうでない資源の線引きが行われた。結果として上記サービスを活用している金融機関が増加している。

他にも自社でミドルウェアを独自に開発して自社のインフラに合ったスケジューリングの最適化を実装するなどの工夫を重ねている金融機関もある。
欧米金融機関のグリッドは図2のように単に均質で際限なく肥大化するクラスタ型のインフラから、アーキテクチャー上の工夫や外部の資源の利用など適材適所を意識した、インテリジェントで本来のグリッドの定義に則したインフラに変貌を遂げようとしている。

グリッドによるスピード競争はさらに進む−日本も動き始めている

非常に先進的な取り組みを検討している欧米各社だが、日本の金融機関もこの欧米での大きな動きに気づき始めている。日本でも、グリッド技術の普及を図るために2002年にグリッド協議会(※)が設立された。

2008年2月より金融分科会が立ち上げられ、金融機関とIT企業が定期的に集まり、グリッドの適用を検討している。現状ではグリッド技術の利用では欧米の金融機関に先行されているが、今後は欧米でのこれまでの試行錯誤結果も踏み台にして、一気にキャッチアップできる可能性はある。
今後も、金融業界ではさまざまな分野で電子化が進み、スピード競争はさらに激化するものと予想される。グリッド技術をはじめとするITをビジネスに有効に採り入れる能力は、金融機関にとって、将来勝ち残っていくための必須要件あると確信している。

著者について

上田 聡
日本アイ・ビー・エム株式会社 金融サービス事業部
IBM Institute for Business Value(IBV) Financial Markets Thought Leader

根岸 史季
日本アイ・ビー・エム株式会社 システム製品事業
インダストリー・システムズ ソリューション営業部 課長
グリッド協議会 金融分科会 副幹事

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