本文へジャンプ

大きな転換点を迎えた金融市場

—金融機関のビジネス・モデルの新たな方向性—


著者 : 上田 聡

掲載日 : 2009年6月19日

1 波乱の時代を迎える金融市場

米国発の資本市場の混乱が、米国内だけでなく世界各国市場に甚大な悪影響を及ぼし、米国は、これまで「最後の拠り所」として築いてきた信頼を大きく低下させてしまった。一方で、アジア諸国をはじめとする新興国は、経済市場としても、金融人材の供給源となる人材市場としても今後大きく成長すると予測される。これまで欧米が中心となっていた金融市場勢力地図に大きなシフトが起こり始め、金融業界は今後何年にもわたり、波乱含みの、急激に変化することが当たり前のボラタイルな環境に変わっていくと見込まれる。
そのような中で、金融機関は何を手がかりに、この環境に適応して成長を続けていくべきなのか、以下3つの切り口から考察する。

2 成長を続けるための観点ー3つの切り口

1 真の顧客中心主義へと回帰し、顧客からの信頼を築く

金融機関にとって、顧客からの信頼を獲得することは短期的な最優先課題のひとつである。そのためには、これまでの反省から、金融商品はよりシンプルな、顧客にとって分かりやすいものへシフトしていくと考えられる。また、顧客の置かれる環境も変わっていく。リテール分野で見ると、団塊の世代の大量退職により、従来は忙しい中、Webを利用した効率的で手っ取り早い売買を求めていた顧客が、時間にゆとりが出来たため、退職金資産運用のアドバイスや遺産相続に関する相談などにじっくり取り組みたいというニーズが高まってくる。商品のシンプル化が進む一方、顧客に時間的ゆとりが出来ることから、如何に顧客の潜在的ニーズに踏み込んでアドバイスができるかが、差別化の源泉になってくる。

金融機関は従来の「自社の商品を販売する」サービス・スタイルから「お客様のライフプランを支援する」サービス・スタイルへと、企業としての意識・文化を変えていかなくてはならない。金融機関にとっては「定期預金」か「グローバル投信」かに見える顧客の選択肢も、顧客の頭の中では、「家を増築するか」、「車を買い換えるか」、それとも「とりあえず貯蓄しておくか」と、金融商品の範疇を超えた、ライフスタイル全体の中での選択肢から始まっているのである。そこでは決して利回りのアドバイスのみではなく、如何にお客様の生活を豊かに出来るかの視点でのアドバイスに価値が認められるのであろう。そのためには資産運用の専門知識のみならず、場合によっては他業種との協業も含め、顧客の立場に立った提案ができるスキルが要求される。顧客から「自分の事を理解してくれている」と思われることなくして、「信頼」を獲得することはできない。一方で、そのスキルを支え、効果的に「信頼」構築を進めていくためには、チャネル連携(店舗、コールセンター、ネット)を通じた顧客動静の把握、ポートフォリオを商品横断的に把握し、分かりやすく説明できるレポーティング、統合化されたデータベースによる商品や顧客情報の収集などを実現するシステム・インフラが求められる。システム提供できるサービス・レベルを徹底的に引き上げた上で、人間の知恵でなければ出来ない洞察を積み上げることで、顧客経験価値の創造が行われる。

真の顧客中心主義のキーポイントは以下の3つになると考える。


2 「さらに一歩進むグローバル化」に対応するには

金融市場は既に金融機関に先駆けてグローバル化が進んでいることを、我々は今回の金融危機を実体験することで痛感するところとなった。資金の流れは情報通信技術の発達の波に乗って、市場間を移動することにより、金融機関の運営よりも遥かに先行して金融市場のグローバル化が進んでいる。

金融危機に瀕した金融市場は、例えると"世界中に張り巡らされた高速道路網を、各金融機関所有の高性能自動車が先を争い疾走している。しかしながらドライバーは技量不足で車の高性能を持て余し気味である。そして今回、大規模な連鎖事故が発生し交通網が麻痺してしまった・・・。今後は、安心して、高性能自動車を運転できるように、世界での交通ルールの整備・共通化が進んでいくと予想される。即ち、これまで相対取引が中心となっていた、複雑な組み合わせ商品を、商品の構造を整理し標準化を進めることで取引所などの機関を拠り所にした透明性の高い取引にしようという動きが出てくると考えられる。この「標準化」が進んだ時、金融機関にとって重要な差別化要因となるのが電子取引の高速化であると考えられる。アルゴリズム取引(リアルタイムで入手する市場データをもとに、事前に定められたルールに基づき、相互接続されたシステムが自動的に高速で株式などの売買発注を交わす取引)に代表されるように、金融市場のビジネス・モデルは、電子化により全く新しいものに変わりつつある。そこでは通信回線の物理的な長さによる、情報伝達時間の長短までもこだわった“スピード”競争が展開されている。

今後、グローバル化に対応するためには、物理的にグローバルな拠点網を持つのではなく、グローバルで「ひとつの会社」として統合的に運営されることが求められていく。日本の金融機関が得意なボトムアップの意思決定プロセスだけでは時間もかかる上、部分最適な判断に陥るリスクがあり、今後、トップダウンによる大局的なリソースの見直しや戦略の策定を、スピード感を持って積極的に行なうべきタイミングが来たのではないか。

さらに一歩進むグローバル化への対応のキーポイントは以下の3つになると考える。


3 ビジネス・モデルは拡大志向から新たな成長に向けた協業モデルへ

金融機関では、今、既存の戦略の延長上でさらに大規模なビジネス・モデルを追求していくことに対する見直しが起きている。

顧客対応の観点から見ると、ユニバーサルバンク化は顧客の多様なニーズにワンストップで応え、クロスセルによる取引拡大を狙いに推し進められてきた。しかし、顧客の個々の商品・サービスに対する要求レベルが高度化してきた現在、顧客のワンストップへの期待は高くない。実際、我々のニーズ調査では「ワンストップ」の顧客による位置づけは相対的に低く、それよりも「質の高い顧客サービス」を重視していることが分かっている。

また、顧客のニーズは今後、二極化が進むと予測している。即ち、ハイリスクながらもハイリターンの狙える高収益追及型の商品・サービスには厳選した上で手数料を払うが、ETF(指数連動型の投資信託)などローリスク・ローリターンの安定収益追及型の商品・サービスに対しては徹底的な低コストでの提供を求める。このように選択基準が厳しくなる顧客のニーズに応え、生き残っていくためには自社のビジネス・モデルを整理し、自らが顧客にアピールできる戦略分野を明確にすることが求められると考える。

一方、リスク管理の観点からは、現状の運営体制、分析手法では対応が不十分であると言えるだろう。暫くは、当局とともに、規制管理のあり方の方向性を探っていくことになるであろうが、情報収集—分析—レポーティングまでで、終わりがちな現状のプロセスを、—経営アクション、へとつなげるリスク管理が求められる。そのためには今一度、複雑化したビジネス・モデルを見直し、解きほぐし、整理する必要がある。その上で横断的な大量のデータを分析し、総合的で高度なリスク対応が可能な体制を整備する必要があるのではないか。

また、顧客の立場、特に個人顧客の立場からからすると、自分の資産をもっと簡単に、統合的に管理したいとのニーズがあるのではないか。現在、金融機関は資産管理の「総合」サービス提供で競争している。しかし、現実には特定の金融グループに託している資産に限定されるなど、顧客から見ると非常に対象範囲が限定された「総合」サービス提供である。特別な手続きを行なわなくても、「当たり前」のように、自分の全ての金融資産の一覧が見られるように出来ないものか。顧客の大量金融データを共有し、顧客のために効率的に利用できるようなインフラ的機能の充実も金融機関に求められる時代が来ると考える。これまでの「差別化付加価値」競争から、金融機関が協力して「公共的価値インフラ」を創造していくことで、レベルが底上げされた、新たな成長するビジネス・モデルを作り出すチャンスが出てくる。

以上、ビジネス・モデルの整理でのキーポイントは以下の3つになると考える。

3 まとめ

「顧客中心主義への回帰」の視点で金融機関の商品・サービスを再考すると、地域や国、さらには地球規模での協業化で、これまでは実現できなかったことを可能にする、新時代の相互依存ビジネス・モデルを作り上げることが求められていくと考える。

システムの相互接続が進む中で、政府や金融機関、そして他の業界も加えた、もっと大きなスケールでデータを共有することで、金融機関は今までの水準からジャンプ・アップしたサービスを顧客に提供することが出来るのではないか。

このような大規模な協業でビジネス・モデルが形成される時代になると、自らの戦略実行のために「どこと提携するか」が重要であることはもちろん、「提携先として選ばれる金融機関」となるために、市場で差別化できる存在になることが求められる。

現在、欧米の金融機関は、短期利益至上主義で進めてきた自分達のビジネス・モデルに対する自信が揺らいでいると言われている。今後、相互依存型の大規模なビジネス・モデルを創り出していく上で、日本の金融機関の長期的視野、協調の精神などが強みとなる時代が来たと期待する。


大きな転換点を迎えた金融市場 ―金融機関のビジネス・モデルの新たな方向性―


著者について
上田 聡
日本アイ・ビー・エム株式会社 金融サービス事業部
IBM Institute for Business Value(IBV) Financial Markets Thought Leader

IBM、IBMロゴは、世界の多くの国で登録されたInternational Business Machines Corp.の商標です。他の製品名およびサービス名等は、それぞれIBMまたは各社の商標である場合があります。現時点での IBM の商標リストについては、http://www.ibm.com/legal/copytrade.shtml(US)をご覧ください。
Adobe, Adobeロゴ, PostScript, PostScriptロゴは、Adobe Systems Incorporatedの米国およびその他の国における登録商標または商標です。

購読のお申し込み

IdeaWatch Financial

ページ・オプション

大きな転換点を迎えた金融市場はこちらから