掲載月 : 2009年6月
IBMビジネスコンサルティングサービス
金融コンサルティング事業本部長
パートナー 蓑輪 圭樹
金融危機以降、金融機関を取り巻く環境は激しく変化しています。
2008年4月、IBMは、「金融ビジネス変革への提言 ビジョン&アーキテクチャー」の発表において、金融機関に環境変化をもたらす代表的な要因として、少子高齢化、チャネルフリー、キャッシュレス、ボーダーレスの4つを挙げました。さらに今、金融危機後の市場の縮小と行政による規制という新たな要因も加わり、金融機関は非常に大きな変化の時を迎えていると言えます。
この危機を乗り越え、新しい時代をいかに生き抜くか、そして持続的な成長に向けていかなる戦略を描くか—。
これはあらゆる企業にとって最も重要なテーマですが、視点を変えれば大きなビジネス・チャンスも見えてきます。
今こそ従来とは異なる発想で、先進的なITを最大限に活用した、大胆なビジネス変革に取り組む好機と言えるの
ではないでしょうか。銀行を例に、変革に向けた3つの施策についてご紹介します。
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効率的な金融システムの構築
各銀行は知恵を絞り、業務の効率化を進めてきました。しかし、多様なプレーヤーが地域や業際を越えて競い合うボーダーレスの時代、さらに効率の高い業務モデルへの変革が求められています。現場視点での効率化はかなり進められており、コスト削減の限界が近づいているのではないでしょうか。いま必要なのは従来の常識にとらわれない、抜本的なコスト構造改革です。
具体的には、自行内での取り組みと業界全体での取り組みという2つの領域での効率化が考えられます。もちろん、従来のビジネス・モデルやプロセスの見直しにあたっては、サービス・レベルとコストのバランスを慎重に検討すべきですが、最適バランスを実現する重心の位置は、数年前と現在とではかなり違っているはずです。
現物の制約を見直し、業務プロセスの変革を
着手すべき分野として、まず考えられるのが、通帳や印鑑といった現物を前提とした既存プロセスの見直しです。現状において、通帳のハンドリング・コストは相当大きく、通帳を前提とした業務を抜本的に見直すことで、大幅にコストを削減できる可能性があります。印鑑も同様です。ATMではキャッシュカードと暗証番号だけで現金を引き出せますが、営業店窓口では印鑑が求められます。本人確認プロセスは、「キャッシュカード+暗証番号」の方向に集約するなど、発想の転換も可能ではないでしょうか。通帳と印鑑などの現物がなくなれば、さまざまなデータの共有化を進めることもでき、デジタル化の推進によって、業務プロセスの革新へとつながります。ただ、通帳レスや印鑑レスには、とまどいをおぼえる顧客も多いと考えられるため、例えば店舗外のATMから順次通帳レス化を進めるといった手法を検討する必要があるでしょう。こうした現実的なアプローチに加え、削減したコストを顧客にメリットある施策として還元し、真の利便性や新しい価値を提供することで、顧客が変化を好意的に受け入れる可能性は極めて高いと考えられます。
業界全体の取り組みによる金融システムの効率化

図1 ATMの業界共同化による
効率化例
(438KB)業界全体としての効率化により、大きな効果が期待できる領域の一例として、ATM共同化が挙げられます。ATMの利便性は顧客にとって銀行を選別する重要なポイントでした。しかし、現在では、街中のあちこちにさまざまな金融機関による多数のATMが設置され、「このATMがあるからこそ、この金融機関を利用する」という考え方は急速に失われつつあるのではないでしょうか。
IBMビジネスコンサルティング サービスが、ある地域で行った調査によると、複数の銀行店舗外ATMの40%が同一住所に重複して置かれていました(図1)。ここに複数の銀行が共同で1台のATMを設置できたら、単純計算ですが、コストを参加行数に応じて削減可能となります。これは、個別行のコストだけではく、業界全体、さらには社会全体の重複コストを削減させる取り組みとも言えます。急速に普及したコンビニATMの実績を見ても、ATM共同化が受け入れられる土壌は整いつつあると考えられます。
そのほか、複数企業がそれぞれの強みに特化しながら連携して共存共栄を図る「ビジネスECO(エコ)システム」など、業界全体で効率化に取り組む流れは、金融サービスにおいても大きな効力を発揮すると期待されています。※
※ビジネスECOシステムについては、こちらに詳細記事
的確なリスク・マネジメントの実践
世界中の金融機関が、以前にも増して、リスク・マネジメントを重視するようになりました。金融機関のビジネスは、リスクを収益に変えるビジネスとも言えます。リスクはますます複雑化し、ときには劇的な変動を見せますが、そんなリスクをいかに可視化し、スピードをもってコントロールできるかが、いまこそ銀行が取り組むべき課題ではないでしょうか。
リスクには与信リスクやコンプライアンス・リスクなど、さまざまな種類があります。いまや、大量のデータを効率的に管理しながら、高速で多面的な分析を行い、迅速にグラフ化等を実現する技術があり、これらをリスク管理に活用することで、何が起きているのかが鮮明に見えてきます。そして、多様なリスクを統合的に管理できれば、経営層から担当者まで、あらゆるレベルでの意思決定の質向上につながるのです。
属人的ノウハウの体系化により、リスク管理レベルを強化
現在ほとんどの銀行では、リスク管理において、スコアリング・モデルを活用していますが、個人の与信リスクを定量化して評価するモデルには限界もあります。特に経済環境が大きく動いているとき、過去のデータに基づき構築されたスコアリング・モデルだけではその急激な変化への対応が難しく、状況に合わせて柔軟に判断基準を変更できる仕組みが必要です。そこで着目すべきは、銀行内部に蓄積されたノウハウです。例えば、同じ県内でも地域によって与信リスクを構成する要素が異なることがあり、好不況といった時期ごとに、顧客の属する業種によって判断を変えなければならないケースもあります。こうしたノウハウをルール化してシステム化し、スコアリング・モデルと組み合わせることで、与信リスクのより精緻な管理ができ、実際の適用と検証を通じて、その精度をさらに向上させることができるのではないでしょうか。
また、巧妙化する犯罪対応のためのコンプライアンス・リスク管理も、銀行にとって喫緊の課題です。振り込め詐欺やキャッシュカードの不正利用、マネー・ローンダリングなど、種類の異なる犯罪に各銀行は別々の対応をしてきましたが、このような現状を見直し、コンプライアンス・リスクを一元的に管理する必要があります。あらゆる犯罪の手口には一定のパターンがあり、そのパターンを登録してルール化し、ルールに合致したときに担当者に通知するシステムがあれば、その取引を許可すべきか、チェックが必要かといった判断を組織的に行うことができます。こうしたプロセスは、犯罪の種類が異なっても共通する部分が多く、多様な犯罪に1つの統一された仕組みで対応することで、より効率的かつ効果的な対策が可能となるのです。
見えざるリスクの可視化による意思決定の高度化

図2 統合リスク管理における
リスク・コックピット・イメージ銀行の抱えるリスクはほかにも多くあります。株式や債券などの価格変動、為替変動にかかわるリスクもあれば、事務処理のリスクもあります。従来は、リスクのカテゴリーごとに担当部門が業務負荷をかけて、手作業で内容をまとめていました。しかし、変化のスピードが激しい今、経営者が適切な経営判断を行うためには、銀行内で保有するあらゆるデータを駆使して、見えざるリスクの変化を検知し、アラートを上げ、即時に把握するための仕組みが必要となりました。
例えば、前述した与信リスク。1件1件のリスク管理も重要ですが、経営としてはその全体像をポートフォリオとして把握することが重要であり、時間の経過とともに変動するリスクの管理も必要です。さまざまなリスクをモニタリングしながら、時々の状況に合わせてリスクと収益のバランスを最適化する、そんな統合リスク管理の仕組みが、ITの進化によって簡単に実現できるようになったのです。一例として(図2)で示したのは、統合リスク管理のためのリスク・コックピットと呼ばれる経営者向けの可視化手段のイメージです。このような技術を取り入れた新しいリスク管理が、銀行経営に「守り」と「攻め」の両面で大きな価値をもたらすことは間違いないでしょう。
顧客接点の強化
厳しい経済環境の中で、持続的な成長戦略を描くためには、今こそ顧客との関係をより強固なものとすることが重要と言えます。主力の販売チャネルである営業店の強化と同時に、インターネットやモバイルなどの多様なチャネルを活用して、営業店だけではカバーできない顧客層に対しても、一人ひとりのニーズに合致した提案を行うことが求められているのです。そこで考えられる具体的な施策が、営業店でのコンサルティング強化と、さまざまな顧客データを統合・分析してニーズを察知し、最適なチャネルでタイミングよく顧客に届けるマーケティング・プロセスの確立です。いずれの場合も、顧客データの活用がカギを握っています。
営業店のコンサルティング型セールスへの転換
営業店では、顧客ニーズに対する深い理解に基づいたコンサルティング営業を強化する必要があります。しかし、商品数の急増、それに伴う事務の複雑化や、金商法などさまざまな規制への対応により、このままでは、担当者による顧客へのサービス・レベルさえ低下しかねません。このような課題を解決するためには、事務処理中心型の業務を見直し、1人の担当者が相談・シミュレーション・事務処理をシームレスに実行するセールス中心型の環境を整える必要があります。それがナビゲーションの活用です。
通常のコンサルティングを行う場合、担当者は顧客データベースを見ながら、投信や勘定系など多様なシステムにアクセスします。従来は各システムを別々に動かす必要があり、時には、紙ベースのマニュアルを参照するなど、手間がかかるために業務効率は上がらず、結果として顧客を待たせてしまうこともありました。しかし、Webサービスを中心とする技術の進化により、複数のシステムを1つの画面で共有し、かつ、処理手順をシステムが教えてくれるナビゲーション機能の実現が可能となり、このような状況を大きく改善することができます。ナビゲーションの中に成功率の高い営業シナリオを埋め込めば、経験の浅い担当者でもベテラン並みのコンサルティングが容易にできるようになるでしょう。
顧客データを駆使したマーケティングの強化

図3 EBMの実践による
顧客接点の
強化例
(499KB)一方、対面以外のチャネルを通じた提案が必要なマス顧客に対しては、費用対効果の高いマーケティング手法を行う必要があり、そのカギを握るのが、さまざまな顧客データの統合管理です。銀行が入手できる勘定系からの顧客データは、あくまでも断片的なものです。営業店窓口やATM、インターネット・バンキングなどの顧客接点における取引情報、あるいは銀行が発行しているクレジットカードの履歴情報など、勘定系以外から得られるあらゆる情報を顧客視点で統合し、分析することで、個々の顧客の姿が浮かび上がってきます。こうした情報と取引データを組み合わせて顧客ニーズを察知し、最適な提案をタイミングよく、最適なチャネルで届ける、これがEBM(イベント・ベースド・マーケティング)と呼ばれる手法です(図3)。近年飛躍的な進化を遂げたEBMによって、営業店のカウンター以外の場所においても、効果的なマーケティングを実施できるようになりました。例えば、顧客がATMを利用したときに、ニーズをくみ取ったメッセージを画面に表示することもでき、コールセンターやインターネットなどのチャネルでも、同様のアプローチが可能です。ナビゲーションやEBMをはじめとするITの有効活用は、顧客の心をとらえる「真のサービス」の提供を可能とし、商品・サービスの差だけで切り捨てられないロイヤリティーを生み出すことにつながるのです。
経済環境が非常に厳しい今だからこそ、発想の転換が重要です。IBMは、従来のビジネス・モデルの前提や常識から脱却し、先進的なITを最大限に活用しながら大胆なビジネス変革を行う金融機関の皆様を引続きご支援してまいります。

蓑輪 圭樹
IBM ビジネスコンサルティング サービス
金融コンサルティング事業本部長
パートナー銀行において国内外の経営企画・事業企画業務を担当した後、1997年に日本IBMコンサルティング事業部へ入社。2001年PwCコンサルティング株式会社との統合を経て現職。米国ニューヨーク大学スターンスクール(MBA)卒。
最近の著作「IT活用でここまでできる! 顧客ニーズ予測と商品提案の新アプローチ」(日経BP金融ITイノベーション)、「金融リテール強化とマーケティング」(月刊金融ジャーナル)
本事例は特定のお客様での事例であり、すべてのお客様について同様の効果を実現することが可能なわけではありません。
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