日本アイ・ビー・エム株式会社
オートモーティブ・コンピテンシー・センター推進
部長
江崎 智行
「所有」から「利用」への消費者意識の変化、環境やエネルギー問題に対応するさまざまな規制など、世界各国で自動車産業の自由な拡大を制限する動きが始まっています。この厳しい環境を生き残るには、新たな収益を生むビジネス・モデルの創出が必要です。ここでは、新しいモビリティー・サービスの可能性と、新しいビジネス・モデルへの変革について説明します。
クルマ/モビリティーの価値の変化
自動車業界を取り巻く環境は、ますます厳しいものになっています。先進国を中心に、消費者の意識は「所有」から「利用」へとシフトしつつあります。新興国においては、まだ所有に対する憧れが強いそうですが、それでも消費者意識は確実に変化しています。また、自動車の台数が増えたことによる交通渋滞や環境破壊は、深刻な社会問題となり、世界各国で規制する動きが始まっています。自動車を動かすエネルギーについても深刻な問題が発生しています。電気自動車(Electric Vehicle:以下、EV)は、エネルギー問題や環境問題の解決策だと思われていましたが、今回の震災をきっかけに、電気ですら有限な資源であることを改めて認識することになりました。
これまで自動車は、「走る」「曲がる」「止まる」という、自動車自身の性能によって評価されてきました。もちろん、これからも自動車の基本性能は重要です。しかし、環境への対応、情報端末としての機能、電気自動車の登場による蓄電や売電の実現など、これまでの自動車にはなかった新しい価値が生まれたことによって、基本性能の相対的な価値が下がっていることは間違いありません。
図1:自動車に対する価値観の変化

世界は急速にデジタル化が進み、あらゆるものがITを利用してネットワークでつながり、情報を共有できるリアルタイムで「つながる社会」を形成しています。自動車もITによって社会インフラとつながることで、エコシステムに大きな変化が起き、あらたなビジネスを創出しています。すでに、さまざまな分野の企業が、この新しいビジネス・エリアに進出して収益を上げていますが、市場のニーズに合致した新たなソリューションは、業際・業界を超えた新しいコラボレーションによって生まれています。ただし、リアルタイムでつながる社会では、さまざまなビジネスの「機会」を得ることができる反面、それに伴う「リスク」も増大します。セキュリティ問題はもちろん、サプライ・チェーンにおいても一つの個所で起きた問題が、思いもよらない個所に影響を与えることもあります。複雑につながった情報を正しくコントロールし、うまく自分たちの武器にしていけるかどうかが、今後の大きな課題となっていくでしょう。
自動車業界は、サービスよりもプロダクトへの投資を優先している
IBMが2010年に実施した「進化するモビリティー(Advancing Mobility)」について深堀りしたグローバルなインタビューでは、「Mobility as a Service」として製品とサービスをセットにしたビジネスの重要性について取り上げています。しかしながら、いくつかの調査結果を見ると、自動車業界のCEOの多くは、ビジネス・モデル・イノベーションよりも、プロダクト・イノベーションへの投資を優先する傾向があることがわかります。
2010年の世界のCEOを対象に行った調査「IBM Global CEO Study」よると、グローバルに卓越した企業(自動車に限らず)のCEOを対象とした調査結果と、自動車業界のCEOを対象とした調査結果では、どちらも共通して今後5年間でもっとも重視する取り組みとして「消費者により近づく」という回答があがりました。ところが、イノベーションという視点においては、「収益モデルの変革」「企業モデルの変革」「業界モデルの変革」と回答したCEOは、全体と比較すると20%~30%ほど少ない結果となっています。一方で、お客様の期待にどう応えるかという質問に対しては、「新たなサービス」と回答したCEOが69%だったのに対し、「新しいプロダクト」と回答したCEOは85%にものぼっています。
一方、先述の「進化するモビリティー」の結果では、モビリティー・ソリューションの開発で重視している点について尋ねたところ、こちらでも「自動車のポートフォリオをハイブリッド/EVに移行する」と、プロダクトを重視した回答が83%を占めています。しかし、この調査においては、「テレマティクス・ソリューションを提供する」との回答が65%、「サービスとしてのモビリティー(Mobility as a Service)を提供する」との回答が63%とプロダクトとサービスを融合したビジネス・モデルを意識した回答も高い比率を占めています。
これらの調査によってわかったことは、自動車業界がプロダクトを重視するのは、自動車そのものに魅力がなければ消費者は購入してくれず、モビリティー・ソリューションが成立しないと考えているからです。しかし、新たなモビリティー・ソリューションにも積極的に取り組んでいく用意はあり、今後は自動車業界もサービスを意識したビジネス・モデルへと変革していくことが予想されます。
「つながる」新たなモビリティー・サービスの可能性
デジタル変革の社会への浸透により、今後は「つながる」クルマのインテリジェント化がさらに加速されることになります。すでに先進的なお客様の多くは、自動車のインテリジェント化に積極的に取り組み、新しいモビリティー・サービスを模索しています。自動車のインテリジェント化で提供されるサービスの例をいくつか挙げてみましょう。まずは自動車そのものの利用をサポートするビルト・イン(Built In)のサービスとしては、「車両検査レポート」や「バッテリー・マネジメント」などが考えられます。さらに、外から情報を提供するビームド・イン(Beamed In)のサービスとしては、「位置情報」、「交通情報」、あるいは「レストランの検索」といったサービスも重要です。また、車載されているデバイスではなく、携帯電話やスマートフォンなどの外部デバイスを持ち込んで利用するブロート・イン(Brought In)のサービスとして、「音楽の再生」、「メールのやりとり」、「ソーシャル・メディアの利用」などが考えられます。現在、電話やメールをはじめとして、ドライバーが自動車を運転中に情報へアクセスすることは、走行の安全性を損なうとして規制されています。しかし、これらのサービスを自動車の中でより安全に提供できるようにすることも、ビジネス・チャンスの一つかもしれません。
自動車のインテリジェント化でカギとなるのは、「パーソナライゼーション」、つまり個人の嗜好に合わせたサービスの提供です。自動車の中だけに閉じた情報だけではなく、いかにドライバーが必要とする情報を的確に提供するかです。ドライバーが必要とする情報はそれぞれ異なります。個人の運転・行動パターンにあわせ、本当に必要な情報(コンテクストに沿った情報)を的確に提供することが、「パーソナライゼーション」で求められる新たなサービス価値となります。また、これこそが、多くのCEOが実現を目指す、「消費者に近づく」ということでもあります。
インテリジェントなサービスを一度でも利用したドライバーは、さらに次のサービスへの期待が大きくなります。さまざまな業界の企業が、この分野に進出してくるでしょう。ベンチャー企業が、新しいサービスを展開するかもしれません。それによって、ますます自動車社会とつながり、新しいモビリティー・サービスを生み出し、新しい自動車の価値を創造することができるようになるのです。しかし、その世界を実現するためには、自動車の車載ソフトウェア・システムや情報をオープンにすることが求められます。自動車企業は例えばテレマティクス情報など自社で持つ情報をオープンにすることに少なからず抵抗感があると思いますが、今後は、守るべき情報とオープンにするべき情報を見極め、競争力・収益をもたらすためのコントロールが必要になります。
図2:情報はどこまでオープンにするべきか
2020年に向けて、業界としてどんなシナリオを描きますか?
クルマの電子・ソフトウェア・システムはオープン化し、appsのようにスマートフォンでカスタマイズされるようになる。

「オープンにすることは利益をもたらし、しないことは破綻に通じます。」―米国の自動車メーカー
サービスとしてパッケージ化されたモビリティー
消費者意識が所有から利用へとパラダイム・シフトしていることから、将来的にはカー・シェアリングなどのサービスが増えていくことが予想されています。例えば、普段は街乗り用の小さな自動車を所有しているが、レジャーなど大きな自動車が必要になったらカー・シェアリングを利用することができるといったサービスです。つまり、普段使いの自動車を「所有」し、それ以外の用途の自動車を「利用」するハイブリッドなサブスクリプション・サービスの展開です。ここでも、自動車のインテリジェント化と、パーソナライゼーションがポイントになります。ドライバーがどの自動車を利用しても、自動的にシートがセッティングされたり、必要な情報が同じクオリティで提供されるといったサービスが実現されていくことになるでしょう。
さらに今後は、自動車以外のモビリティー(鉄道やバスなどの移動体)でも、自動車とシームレスにつながり、パッケージ化されたモビリティー・サービスとして利用できるようになると予想されています。自動車のサービスを利用するときと同じアカウントを利用して、移動体を超えた複数の移動手段による最適化ルートを提示したり、それに伴う保険の加入やチケットの購入ができるようになります。これこそが、IBMが提唱する「Mobility as a Service」であり、モビリティーを超えたサービスの統合です。
「モノづくり」から「モノ+モビリティー・サービス」への変革
自動車を中心に、さまざまなモビリティー・サービスが実現することによって、自動車業界の販売アプローチは、より消費者との継続的なリレーションシップに基づいた形へと変革していくことになります。これまでのように、ただ自動車を生産し、販売するというワンタイムのモデルから、長く自分たちのサブスクリプション・サービスを利用してもらうという継続的なモデルへと移行していくことになるでしょう。ディーラーは、より地域や個人に密着した消費者視点でのサービス提案を実現する拠点として、非常に重要な意味をもつ存在となります。当然、新たなビジネス・モデルやサービスに対応できるようにサプライ・チェーンやファイナンスもより柔軟でダイナミックな形へと変化することになります。
また、プロダクト開発も、新たなモビリティー・サービスに沿った開発へと変化します。ITの進化する速度は急激であり、自動車の開発との間にはスピード差があることから、新しい技術を後からでも搭載できるよう、自動車側には柔軟な設計思想が求められることになるでしょう。
IBMは、このような新しいモビリティー・サービスの領域についても積極的に取り組んでいます。移動中の自動車から発信されるプローブ情報、およびその時間・場所に関連した周辺情報(コンテキスト)を収集し、それらの情報を分析・加工して、より価値のある情報として提供するなど、クラウドを中心としたモビリティー・エコシステムの実現にむけて、お客様と一緒にさまざまな試みを行っている最中です。
図3:新たなモビリティー・エコシステム

現在、自動車業界を取り巻く環境は非常に厳しいですが、新たに創出されるモビリティー・サービスのビジネス領域では、大きなビジネス・チャンスが期待されます。この領域で成功するためには、ITを最大限に活用し、より複雑化、急増する情報を武器とし、企業・業界を超えた協調関係を築くことが重要です。ぜひこの危機を契機として、ビジネス・モデルを変革し新たな価値を創造する企業へと変貌を遂げるお客様の変革パートナーとなりたいと考えています。
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