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A SMARTER PLANET 「スマート」な医療

医療経営に立ちはだかる経済原理の壁 3つのiと世界中の善意をスマートに集める仕組みが医療を変える

医師の前に立ちはだかる経済原理の壁、医師が医療に専念するために、経済原理の壁もスマートな仕組みで突き破ることができるかもしれません

日本では事故に次いで多い子どもの死因の第2位が小児がんであることをご存知でしょうか。なかでも、最も治りにくい「神経芽腫」の研究に生涯をかけて取り組んできた医師がいます。遺伝子レベルで病気のメカニズムを解明し、治療薬開発まであと一歩のところまで迫っていました。 「小児がんの患者は少ないから研究投資に見合わない」—医師の前に大きく立ちはだかったのは、医療経営という壁でした。 発病して死の淵に立った子どもたちを、わたしたちは黙って見ているしかないのでしょうか?IBMは、壁にぶつかった医師をIBMが持つ技術と能力で支援することにしました。それが企業の社会的責任(CSR)であると考えたからです。千葉県がんセンター所長の中川原章さんと、日本IBM 社会貢献担当の川嶋輝彦にプロジェクトに対する熱い思いを語ってもらいました。


がん細胞が自然治癒する不思議な現象 小児がん発生のメカニズムを探る


千葉県がんセンター
中川原先生
— 今回のプロジェクトは、小児がんの一種である神経芽腫の治療薬を開発するものですが、神経芽腫とはどのような病気ですか?

中川原: 小児がんは、15歳未満の子どもに発生する悪性腫瘍で、日本では事故に次いで子どもの死因の第2位となっています。神経芽腫は腹や胸の交感神経節や副腎にある神経細胞から発生するがんで、医療技術の進歩で先進国では70%以上の小児がん患者が助かるなかで、生存率が40%未満と最も治りにくい病気です。

— これまで神経芽腫の研究にどう取り組んできたのですか?

中川原: 神経芽腫には、発病しても自然に治癒する「自然退縮」という現象が起こる場合があります。九州大学医学部6年の時の授業で「その理由が判れば、がんの治療に役立つのではないか?」と考えたのが最初でした。1972年に九大病院に入って臨床研究を始め、がん抑制遺伝子NMICの臨床研究では国際的に高い評価を得ました。しかし、がん発生のメカニズムそのものを解明する必要があると考え、1990年、43歳のときに九大を辞め、家族を連れて米国セントルイスのワシントン大学に渡りました。

— 思い切った決断でしたね。

中川原: その時は小児外科の助教授になってしましたから、周囲からは散々、馬鹿だと…(笑)。でも、人生は一度、遺伝子レベルの研究をするなら年齢的にもギリギリと思い、決断しました。幸運だったのは、半年後にNGFの受容体たんぱく質であるTrkAの臨床研究を始め、自然退縮が起こる神経芽腫ではTrkAが多く発現するのに、悪性の神経芽腫では発現しないことを発見しました。これが自然退縮のなぞを解く最も重要な鍵になったのです。


治療薬の開発に立ちはだかる大きな壁 IBMのWCGとの出会い


千葉県がんセンター
中川原先生
— 神経芽腫の自然退縮のメカニズムとは、どのようなものですか?

中川原: 私が考えた仮説はこうです。TrkAを多く発現しているがん細胞は、NGFと結びつくことで生きられる。つまりNGFが足りないと、がん細胞は生きられずに消えていくというものです。では、なぜ神経芽腫が悪性化するのか?NGFに依存する状況を阻害する原因が発生するために、がん細胞が死なずに増殖していくと考えました。1995年に帰国して千葉県がんセンターに招かれて、その原因を解明しようと研究を進めてきました。

— これまでの成果はいかがですか?

中川原: 渡米するまで何も判らない状態だったのが、5〜6年前までに神経芽腫の診断方法はほぼ確立。ターゲットとなる受容体たんぱく質の特定も進み、いよいよ治療薬を開発する段階に入ったところです。がん細胞の増殖に関与している受容体たんぱく質を無力化する化合物を発見できれば、治療効果が飛躍的に高まると考えています。ターゲットのたんぱく質は「TrkB」「ALK」「SCxx」の3つですが、それらを無力化する機能を持つ候補薬剤を約300万個の低分子化合物を解析して選び出すには、パソコンで化合物1つの解析に6〜7時間、最終的に6000〜8000年かかる計算なので、どうしようかと悩んでいました。国内のスーパーコンピューターは予約が一杯で利用できませんし、製薬会社に協力を求めても子供向けの新薬と言うだけで需要が少ないからと断られますし…。

— それでIBMのWCGに応募することにしたのですね。

中川原: 実は日本IBMの方に会うまで、WCGのことは全く知りませんでした。2002年に国際神経芽腫研究会が国際神経芽腫学会に昇格し、私が初代理事長(〜06年)に選ばれ、08年に開催する国際会議を欧米以外では初めて千葉・幕張メッセで開催することになりました。その時に主催者として寄付をお願いに訪問したのが最初です。寄付はダメでしたが、代わりにWCGを紹介してくれて、結果的にとても感謝しています。


日本から初めて採択されたプロジェクト アジア20万〜30万人の小児がん患者を救え!


IBM社会貢献担当
川嶋輝彦
— IBMにとって中川原先生のプロジェクトはどのような意義がありますか?

川嶋: WCGは、2004年11月に発足してから、中川原先生の「ファイト!小児がんプロジェクト」を含めて12のプロジェクトを支援してきました。対象は、人類に利益をもたらすための問題解決に焦点を当てた研究で、具体的なテーマとして伝染病、ゲノムと疾病、環境問題、自然災害と飢餓が取り上げられてきましたが、いずれも欧米から提案されたもので、日本も含めてアジア発のプロジェクトがありませんでした。IBMとしてもダイバーシティ(多様性)の観点から、欧米以外のプロジェクトで、かつテーマも小児がんである中川原先生のプロジェクトが採択される意義は大きかったと思います。

— IBMは以前から中川原先生の研究を知っていたのですか?

川嶋: いえ、先生にお会いしたのがきっかけです。今回、プロジェクト全体の進捗管理を担当した米国IBMの担当者からも、小児がんプロジェクトは人道支援の面からも素晴らしいと高く評価されています。中川原先生が2008年度の高松宮妃癌研究基金学術賞を受賞したことにも敬意を表しています。WCGに採択が決まったあと、小児がんで子どもを亡くしたり、現在闘病中の子供を持つ世界中のIBM社員から「プロジェクトに貢献できることは大きな喜び」「IBMで働いていることを誇りに思う」といったコメントが寄せられました。これによって世界中で救われる命が増えることを期待しています。

中川原: いま、アジアで小児がん治療のためのネットワークづくりに取り組んでいます。小児がん患者は、日本だけでは年間3000〜4000人と言われていますが、各国の医療関係者の情報を総合すると、アジアでは20万〜30万人の患者がいると推定され、アフリカなどを加えると、決して少ない病気ではないことが判ってきました。アジアでは、大人のがんが優先で、診断も受けられずに小児がんで亡くなってしまう子どもも多いのです。


スマートな地球の実現に貢献するWCG ITのスキルと専門性を生かしたCSR活動


千葉県がんセンター
中川原先生
— WCGを利用するのに技術的な工夫や苦労はありましたか?

中川原: プロジェクトは千葉大学大学院の星野忠次薬学研究院准教授、田村裕医学研究院准教授に協力してもらっていますが、技術面ではIBMさんの苦労が大きいのでは?

川嶋: WCGのプロジェクトでは、アプリケーションソフトとデータは利用する研究参加者に用意してもらい、それをWCG上で動くようにするのはIBMの開発チームで行います。千葉大学で利用していたアプリケーションが、すでにWCGで利用実績のあるオープンソースソフトの「AutoDock」でした。2008年10月に正式に採択されたあと、技術評価を終えて、3月13日に半年足らずで計算を開始することができたので、かなりスムーズに進んだと思っています。

— WCGによる計算はいつ頃に終わるのですか?

川嶋: WCGは現在、約120万台のコンピューターが接続されており、その能力はスーパーコンピューターを含めても世界で10位以内に入ります。現在、7つのプロジェクトが走っていて、120万台の能力を全て利用できるわけではないので正確な終了時間は判りませんが、シミュレーションは1年以内に終わるでしょう。その後、先生方に結果を分析いただき、結果が出るのは2年以内と考えています。
現在、IBMでは、Smarter Planetの考え方を提唱し、3つのi(Instrumented:機能化、Interconnected:相互接続、Intelligent:インテリジェント化)が重要だと考えていますが、WCGはまさにSmarter Planetを体現する事例と考えています。パソコンという機能がネットワークで相互接続され、新薬開発というインテリジェントな作業を行う。その成果が小児がんだけでなく、大人のがんにも適用できれば、なお素晴らしいと思います。

— IBMとしてWCGの活動をどのように展開していく考えですか?

川嶋: 日本におけるCSR(企業の社会的責任)活動も、当初は社会から得た収益の一部を社会に還元するという考え方からスタートし、企業が設立した財団や基金を通じて社会貢献活動を行うことが主流でした。かつてIBMもそうした活動に重点を置いていた時期もあります。現在ではIBMが持つITの能力や専門性を生かして社会の諸課題に対して解決策を提案することに注力しています。小児がんのプロジェクトにも単に資金を提供するのではなく、WCGという非常に優れた先進的なITプラットフォームを提供したわけです。WCGそのものは世界規模のプロジェクトですが、「ファイト!小児がん」プロジェクトに続く第二、第三の日本発プロジェクトが登場することで、今後も日本IBMとして社会にいっそう貢献し、日本IBMのCSR活動への理解も一層進展することを期待したいと思います。



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