本文へジャンプ

ニュース

仮想世界におけるアクセシビリティ



仮想世界とアクセシビリティ

今、新しいインターネットの利用形態として「仮想世界」が注目されている。コンピュータ画面の中で、仮想的に3次元空間を表現し、その中で本人に似せた、あるいは好みの姿形(アバター)をユーザーは操作する。海や川、木々や花々といった自然、道路や橋、建物や乗り物までが用意されており、その中を歩き回り、あるいは空を飛び!、他のアバターとジェスチャー混じりで音声やテキストで会話し、物を売買したりすることも可能である。それを支える仮想通貨も用意されている。

仮想世界に対する期待は高い。娯楽分野だけではなく、ビジネス分野、教育分野など、現実世界にある多くの活動分野に適用が可能だと考えられている。さらに、空間に対する制限が自由なこと、ユーザーの全ての行為がネットワークを介することなどの、仮想世界の特徴を生かした利用はこれからであろう。相手のアバターの発する知らない言語が母国語に自動的に翻訳されたり、企画段階のホテルを仮想世界の中に建て、使い勝手やデザインの意見を聞いたりする、といった事例は仮想世界の可能性の一例にすぎない。今後、想像もしていないようなアイデアが生まれてくると期待されている。

仮想世界の中のIBM

仮想世界の問題

仮想世界には多くの期待が集まる反面、同時に様々な問題が指摘されている。例えば、金銭の扱い、使用環境、使い勝手、サービスの内容、法整備など多岐に渡る。ここでは、その中のアクセシビリティに関する問題を取り上げたい。

アクセシビリティの問題

仮想世界の中で活動するアバターに身体的な障害はない。ほぼ、誰もが同様の(仮想的な)身体能力を備えている。現実の世界においては車椅子を必要とする人であっても、仮想世界の中では自由に歩いたり飛んだりすることが可能になる。しかしながら、仮想世界そのものへのアクセスのしやすさに着目した場合には、現在の仮想世界には大きな問題があると言わざるを得ない。

例えば、全盲の利用者においては画面の状況を音声に変えて理解できるようにする配慮が必要だが、現時点においては、スクリーン・リーダーなどのアクセシビリティ支援技術で仮想世界の中を自由に読み出したり、音声を頼りに操作することは困難である。また、効果音や音声での情報提供も多用されがちであるが、聴覚障害のある方にとっては、正しく情報を受け取れない可能性がある。マウス操作が必須の場合もあるが、上肢の障害などにより、キーボードで利用している人にとっては操作を困難にする。

アクセシビリティへの取り組み

視覚障害者用のナビゲーションツールの研究が始まっている。その中で、IBM Project Blue Kestrelでは、視覚障害者が仮想世界を操作できるような研究プロトタイプを初めて開発した。これは、既存の仮想世界のクライアントシステムではなく、視覚障害者がスクリーン・リーダーを通じて操作が可能なGUIを提供している。このGUIシステムは下図に示すように仮想世界サーバーとの情報のやりとりをJavaScriptやVUGateなど各インターフェースを通じて行うように設計されている。このGUIの操作によって、仮想世界上の任意の位置に自分のアバターを移動させることが可能である。このように所定の場所への移動が可能になることにより、視覚障害者も音声やテキストによる会議などへの参加が容易になることが期待されている。あるいは、視覚障害者が操作するアバターが仮想世界上の散策を実現させるために、健常者が操作する他のアバターによる「手引き歩行」の機能なども視野に入れている。

本図はIBM Project Blue Kestrelのコンポーネント図 本図はBlue Kestrel Systemの実際のGUI

今後の課題

今後の課題をすべてあげるのは容易ではないが、例えば、次に述べる読み上げ情報の取捨選択がある。

2次元上に展開されたホームページやローカル・アプリケーションなどの読み上げは、近年の研究開発の成果もあり、技術的に成熟してきていると言える。ここで、3次元で表現されている仮想世界については、簡単に言うと、3次元オブジェクトの組み合わせにより構成せれている場合がほとんどである。このような3次元オブジェクトは、基本的には2次元オブジェクトを3次元的に拡張しているにすぎない。つまり、そのような3次元オブジェクトを読上げることは技術的には必ずしも難しいとは言えない。しかし、3次元的に拡張されたことによって、情報の量が圧倒的に増加しているので、それらすべての情報を単純に読み上げるだけでも、膨大な時間を浪費してしまうということになる。つまり、そのような問題を解決するためには、読み上げるべき情報をいかに適切に取捨選択するか、といったことも、今後大きな課題となってくると考えられる。

急速に進化する技術にはありがちだが、本格的に利用されるようになってからアクセシビリティの議論をしても遅い。今から、一つ一つの課題を解決しておくことが必要である。そのためには、研究・開発者あるいは当事者を含むユーザーは問題を共通に把握し、議論していくことが必要である。何らかの標準化活動につなげていくことも重要であろう。

仮想世界こそ、だれもが利用可能な、何のバリアーもない、そんな世界になってほしいものだと願う。


用語の説明

製品・技術情報

1 参考文献:Kohtaroh Miyamoto, Shinji Iizuka, and Kohzoh Kitamura "ACCESSIBILITY ISSUES IN THE VIRTUAL WORLD", CSUN 2008