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若者へのメッセージ
将来、科学者を目指す皆さんには、まずは基礎学力がしっかり身につくよう勉強してもらいたいと思います。ただし、与えられたものを消化するだけの勉強ではなく、常に自分で疑問を投げかけ、考えていく姿勢を忘れないでください。疑問をもつことは、新しい着想の種になり得るので、より深い理解へと導いてくれるからです。ただし、一人よがりはいただけません。そのためにも、気の合う友人や近しい先生との議論は大いに役立つことでしょう。このように自ら学び、思考し、互いに自由にかつ謙虚に議論できるよう努力することは、科学者になるための大切なトレーニングです。
さて、L.D. ランダウというロシアの超有名な理論物理学者がいます。そのランダウの高弟の一人であるA.B. ミグダルという、これもまた著名な物理学者が、彼のテキストの序文に次のように書いています。原文はロシア語ですが、その英訳は
「A common mistake of beginners is the desire to understand everything right away. In real life understanding comes gradually, as one becomes accustomed to the new ideas. One of the difficulties of scientific research is that it is impossible to make progress without clear understanding, yet this understanding can come only from the work itself; every completed piece of research represents a victory over this contradiction.」
このように、第一線の研究の現場にいる科学者も、学ぶこと、理解すること、そして新しい研究成果を見い出すこと、この3点を頂点とする三角形の中で揺れ動く心の風景をもっているのです。この矛盾を乗り越えて確かなものを掴む力は、研究者の熱意のこもった集中力と気合いから生み出されてくるように僕には感じられます。「何かやってみたい。」という意欲と、「自分にも何かできるはずだ。」と素朴に信じられることが大切です。そのような意欲に燃え、素粒子理論を目指して勉強している若い人々には、これから大きなチャンスが待っているように思えます。
科学の発展は人類に功罪、2つの対照的な側面をみせつけてきました。これは科学とテクノロジーとの関係で生じた結果です。テクノロジー抜きで、純粋に科学の大切さを考えてみましょう。科学の進歩に欠かせない要素は人間の自由な発想と創造力、そして人々の自由な交流です。ですから、逆に科学の進歩を促すには、人々が自由に思考し議論できる場が必要になります。そういう場を切実に守りたいと思う気持ちを人々にかきたてること、これは科学の大切な役割です。
科学のおもしろさについて
研究を進めていくためには、具体的な問題が必要です。しかし、問題が難しすぎたり、間違った設定をしてしまえばまったく手が出ません。ですから、研究を進めていく上での最も大きな喜びは、自分がこれは面白い、重要だと信じて選んだ方向が正しく、何らかの手がかりによって満足できる答えが得られるときです。これは最高!そして、得られた結果が他の研究者にも共有され、新たな次の段階へと研究が進んでいく様子を実感できるときは努力した甲斐があったなぁと素直に喜べます。これは科学者の醍醐味でしょう。
僕にはひとつの夢があります。科学の発展とテクノロジーの進歩がより深く結び付くことによって、身体障害者がもっともっと快適に生活できる環境と社会が実現されることです。強い者が力を誇示するための科学ではなく、弱い立場の者のために気がきく科学とテクノロジーの融合が21世紀には大きく育っていって欲しいと思います。
研究テーマ
研究分野は素粒子物理学で、場の量子論や超弦理論を中心テーマとする理論的研究をしています。まず、場の量子論とは何でしょうか。素粒子物理学は、自然界のさまざまな現象の背後にある基本的な法則をとことん追及していく学問です。物質の非常に細かい構造を調べていくことになる訳ですが、具体的な研究の方法として基礎となるものが場の量子論です。素粒子の反応ではいろいろな粒子が絶え間なく生成・消滅を繰り返しますが、場の量子論はこの反応過程を記述するために最も適した数学的枠組みです。
場の量子論は素粒子理論だけではなく、統計力学や物性論とよばれる物理学の他の分野とも深い関連があります。これら3つの分野の共通点は、その研究対象がいずれも非常に多くの個数の粒子の集まり、しかも互いに力を及ぼしあって複雑に運動する粒子の集団であるということです。したがって、素粒子理論で発展してきた場の量子論の方法が物性理論の研究で威力を発揮したり、逆に、統計力学で生まれてきたアイデアが場の量子論についての新しい理解をもたらせたりします。
20世紀後半50年間の素粒子理論、統計力学、物性理論の研究成果の多くが場の量子論なしには得られなかったといっても過言ではないでしよう。
現在、21世紀へ向けて素粒子理論では飛躍的な展開が始まろうとしています。その中心が超弦理論です。超弦理論の目指すゴールは、素粒子間に働く重力をも含むすべての力を統一的に記述してしまおうという野心的なものです。従来、素粒子はその言葉通り「粒子」でしたが、超弦理論では「粒子」よりも「ひも=弦」がより基本的な物質の構成要素となります。超弦理論の本格的な研究成果は、これから21世紀へかけて続々と生み出されてくるものと期待されています。さて、このような研究を進めていくと、どのような応用が現われ、そして社会生活に反映されていくのでしょうか。それは、正直のところよくわかりません。しかし、素粒子理論のもつ、未知なる極微の世界を探っていく力は、我々に知的冒険の機会と喜びを与えてくれます。形として見えず手にとることもできませんが、我々を心底わくわくさせてくれるのです。人の心を湧き立たせ、魅了すること、これもすばらしい「応用」のひとつだと思いませんか。

