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科学者が語る科学の楽しみ

北澤 宏一氏



プロフィール   若者へのメッセージ
科学のおもしろさについて   研究テーマ



プロフィール

北澤宏一氏の顔写真 北澤 宏一
日本IBM科学賞 第2回(1988年)物理分野受賞者
筑波大学物理学系 教授

第2回日本IBM科学賞受賞の詳細はこちら

若者へのメッセージ

世界は物質と情報、エネルギーの3本柱で動く。それをつかさどる者が世界を動かしていく。我が国が資源やエネルギーで恵まれない条件の下に置かれながら、世界の大国の仲間入りができたのは、優秀な人材が努力してこの3要件をそれなりに押し上げてきたからである。今の私達への世界からの要望は、基礎研究や新規産業の立ち上げにおいて、我が国が世界に対し大国としての責任と貢献を果たすこと。すなわち、世界への発信を目に見えた形で行なうことであった。私達の時代まではそれを肩肘を張ってやってきた面があるが、諸君らの時代には自然体でそれができる時代になると思う。研究室の学生諸君が国際学会で物怖じせずに堂々と発表できる姿を見るようになると、まだ日本が遅れていた私達の学生時代を思い出す。そのころ、日本の研究者の多くは、国際学会に行っても壁のしみでしかなかった。
世界に発信できない研究は、科学の歴史を変えることなく、結局は自己満足の研究でしかない。つまり、伴走者としての意味しか持たない。私が学生諸君に語学の努力を要望するのはこのためである。 書いたもの(論文やレビュー)が土台を作り、学会発表や普段のコミュニケーションはその広報の役割を果たす。そして、つまるところ、研究も仲間意識が最後にことを決める。 その意味で英語で自らの哲学を語れる人間になって欲しいと願う。日本の最近の若者は、日常のおしゃべりはできるが、自分の意見を日本語でもはっきりと筋道を立てて表現できる人が少ないと案じる。 あるいは議論すら嫌いになっている可能性がある。これまでの日本人はともすれば文化的異邦人にされがちであった。これでは科学者・技術者といえども、国際的なグループの中で仲間意識を培うことは難しいものがある。
私が学生諸君にあえて普段から諸々の問題に対して意見の表現を求めるのはこのためである。
研究は面白い。しかし、トップランナーは常に追われる身でもある。記録はいつか破られる。研究のエリートには「楽な生活」を希求するといった生き方とは違ったオリンピックのような世界がある。これはいつも私から若者への挑戦状としての言葉である。学生諸君は、修士課程を終わるころには研究者としての「凄み」が出てきて欲しい。自分が世界の先頭ランナーになりつつあると感じた学生は、在学中から驚くほどの進歩を見せることを私は何度も経験しているから。大学までの進路選択は偏差値に左右されていた面があると思う。
しかしながら、専門分野の選択をこの延長上で行なうことは愚かである。やはり、自分の興味の湧く分野を選んで欲しいし、なによりも、君がその分野に行って、ピカッと光ることのできる分野を選んで欲しい。私自身は、中学まではラジオ作りやトランジスタに凝っていた。そして、科学技術を進展させることで、日本の復興をはたしていかねば、と信じ込んでいた。大学以来、化学、物理、セラミックス、エレクトロニクスなど色々な名前で呼ばれる分野に身を置いてみた。どの分野でも、ほとんど制約は無く、興味のある研究を行なうことができた。


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科学のおもしろさについて

推理小説を読んでいると、そこにはある舞台があり、様々な人物が様々な動機をもって登場する。自然現象を考えると、そこにも舞台がある。舞台に登場する物や事象があり、それらはある法則に沿った動きを示す。そこから、あるモデルを作り、すべての説明をつけることで、徐々に犯人を割り出していくという点で、 科学の面白さは推理小説の秀作に似るように思う。また、時に科学にはゴルドラッシュもある。高温超伝導の一時期がそうであった。掘ればあちこちに金がでた。そして金以上に私達を魅惑したのは、素性の分かった金に比して、高温超伝導体は一つ一つが違った顔を持ち、その素性も未知の金であったからである。科学にはそのような、犬もあるけば式の醍醐味もある。もちろん、その犬はセンスの良い嗅覚をもっていなければならないのだが。そして、見つけた物や現象を何かに役立てたいと願うのも、人の性というものであろう。原理に立ち戻ってどうしたら良いのかを考える。これが設計である。それを作ってみる。 そして、それを試すとき、心ときめく瞬間でもある。多くの場合それは失敗する。その原因を探り、再び挑戦が始まる。これは多くの工学に共通していえることであるが、工学は自然科学の部分をも多く含んでいると私は思う。
私自身は、理学と工学の両方に籍をおいた経験があるが、その境をほとんど感じていない。あるいは、化学と物理、および材料科学にも籍を置いたことがあるが、そのいずれにおいても制約を感じなかった。学生の多くは予想と異なる結果が出ると、そのデータを隠そうとしたり、あるいは失敗したと思って落胆したりする。私は「予想したことと食い違った時、その時が新たな発見のチャンスだよ」ということが多い。もちろん、本人の間違いであることもあるが、「発見」が近くに出番を待っていることもある。たとえば、こんなこともあった。「測定試料が壊れてしまい測定が無駄になった」と学生が何度か嘆いたことがあった。いつ壊れたのかを検討してみると、試料が割れて電気抵抗が測れなくなってしまったのは、どうも磁場をかけ始めて後のことであった。これから磁歪の測定が始まり、高温超伝導体での巨大磁歪が発見された。逆に発見を逃したこともある。磁化曲線に不連続な跳びが現れた。これはなにか面白い現象が起こっているのではないかと皆で言い合ったことがあったが、それはたまたま装置のノイズが出たのではという説明のために確認実験を逃してしまった。説明をつけて終わりにしてしまうのは、発見を妨げるものであることを身にしみた。2-3年後、これは非常に興味ある量子化磁束の相転移であることが他のグループによって見いだされた。
時にはわざと常識に反する実験を行なうこともある。極く最近、水溶液中のイオンの拡散に磁場をかけた時がそうであった。従来の電磁気学からすれば、0.1%以下の変化しか見られないはずであった。私はその実験をやってくれることになった学生に「答えがネガティブであるということをきちんと証明して欲しい。」と頼んだ。出ない時に過度に落胆して欲しくなかったからだ。もちろん、心の中では期待していた。予想に反して非常に大きな効果が見いだされると、今度は一体何が実験上の間違いを引き起こす可能性があるかを徹底的に話し合った。当の学生は苦しかったに違いない。しかし、異なる独立の測定でそれが再現された時、私達は静かな興奮を味わった。
いまでもそのメカニズムの解明に至っていないが、いつかは、なぜ磁場が拡散の速度を変える程の効果を持つのかを明らかにするための秘策を練っている。拡散は化学反応や生命現象の基本的なプロセスだからだ。常識にはもしかするとどこかに大きな落とし穴がある場合がある。ほぼ時を同じくして、水への酸素ガスの平衡溶解濃度は磁場によってほとんど変化しないが溶解速度が磁場によって顕著に増加することが見つかった。これも常識に反することである。しかし、2年以上にわたって私達は実験の不備を検討し、独立な測定も行なって、もはや疑う余地が無くなった。慎重であった学生達も学会で公表することについに同意した。これもまだメカニズムはこれからの研究待ちだ。
逆に研究の熱気に水を差したこともある。86年から87年にかけて室温を越すような臨界温度を有する超高温超伝導体が世界各地で次々と報告され、皆が浮き足立った。そのどれも他のグループによっては再現されることがなかった。興味あることに、経験の深いグループからは超高温超伝導体は報告されず、多くは比較的最近に参入してきたグループからの報告であった。皆のいらいらが募ってきていた。ところが遂に私達のグループでもそれに近いデータが出てしまった。抵抗がゼロになるか、急激に減少した。しかし、実験条件を詳しく追ってみると、測定チャンバー内に水分が混入したと思われる形跡があった。それを避ける工夫をすると再びでなくなった。そこで試料に霧吹きで水滴を吹き付けてみると、案の定、抵抗がゼロと見間違うデータが必ずでることが分かった。その原因は測定端子間に電気化学的電池ができるためであることが判明した。
アルカリ性の強い、湿分を吸い易いイオンを含む高温超伝導体独特の問題であったといえよう。私がこのことを国際学会で発表し終わった時、ある人達は壇上に登ってきて私に握手を求めて来た。 ある人達は顔を赤らめて抗議した。「私達の測定はそのような低レベルの測定ではなかった」と。しかし、その後、超高温超伝導の報告はめっきり減った。後味は良くなかったが、科学の真実を護るためには仕方がなかった。
私はボストンにある MIT という大学で大学院生としての時代を過ごした。そのときお世話になった恩師の先生方がいる。87年、母校の講堂で高温超伝導の物性に関する講演を終わり、私が壇を下りてくるのを先生方は待ち受けてくれ、そして握手攻めにあった時、私は素直に感激した。年老いた両親にほめられた子供のように。科学者になって良かったといえるほどのものではないが、母校の学生達が大勢待っていてくれただけでも嬉しかった私にとって、やや年を経た恩師の先生方の喜んでくれる姿は感動的であった。


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研究テーマ

  1. 高温超伝導の研究(※1)
    超伝導は電気抵抗がない、磁気浮上ができる、他では真似のできないほどの高速情報処理ができる、高感度のセンサーができるなど、神童のような不思議な魅力を持ちながら、10年前までは、その臨界温度が低く、液体ヘリウム(4.2ケルビン)で冷やしてもらわないと生きられないという虚弱な体質ゆえに、それを使いたいという多くの人の要望にこたえることができなかった。どこにでもある窒素を使って(沸点77ケルビン)超伝導になる物質が見つかったのは、たった9年前のことである。それが高温超伝導フィーバーを起こし、小学生でも超伝導という言葉を知るようになった。1997年3月にはいよいよ山梨でのリニアモーターカー(超伝導磁気浮上列車)の試験走行が始まる。夢の乗り物が再び若者たちの話題を誘うであろう。私は15年前より超伝導の研究を始め、なんとか少しでも臨界温度を高めようともがいたが、最初の数年間、結果は芳ばしいものではなかった。
    • [a] 研究の初期
      そして理論的にも「超伝導の臨界温度はこれがほぼ上限」と囁かれるようになった。そのような落胆の続く中、1986年11月、高温超伝導の幕が切って落とされたのである。それは銅とそのほかにもう2種類のイオンを含む酸化物で、周期律表のあちこちの元素の組み合わせで次々と超伝導物質が見つかった。それはあたかも UFOが本物であったと確認され、さらに、多くのUFOがあらわれたかのごときであった。私達の役割は、スイスのベドノルツらが見たと報告したUFOを、さらにはっきりと見届け、その写真を撮ったり、さらには、UFOの種々の性質を計測することに初めて成功したのである。そしてさらに大きなUFOを発見した。世界中の皆がUFOの正体を知りたがった。私達はそれに答えるのが義務と感じていた。最初の2年間だけでも、私を含めて研究室の教官が数十回以上も海外での講演の席に立った。講堂に集まった学生や研究者は、好奇心に満ちたまなざしで私達の話を聞いてくれた。そして、彼等もすぐに研究に加わった。後になって、多くの人から「あの時、もうしばらく秘密に保った方が良かったのではないか」と言われた。
      UFOが本当であることをもしも君が確認したとしよう。UFOはどのような姿をし(構造)、どのような行動をとるのか(物性)、そしてさらにはそれがなぜであるのか(メカニズム)を誰も が知りたがる。君はそのときどうするであろうか。科学者の性(さが)は、面白いことを知りたい、知ったら、興味を持つ自分と同じような人に伝えたくなるものであることを知らされた。
    • [b] 超伝導メカニズムの研究
      その後、私達は二つの方向に研究を進めた。その一つは高温超伝導のメカニズムを理解することである。高温超伝導が従来とはまったく異なるメカニズムに基づいていることはもはや明らかである。そしてそれは銅と酸素イオンの作る碁盤の目のような層状構造の中に閉じ込められた電子の特殊な振る舞いに原因があるのではないかと考えられている。さらなる解明のためには、超伝導を引き起こす電子の性質を詳しく知らねばならない。超伝導は非常に小さなエネルギーでの電子間の相互作用によって起こる。したがって、エネルギー分解能の良い測定方法が必要だ。
      室温(300ケルビン)の熱エネルギーは25ミリエレクトロンボルト(meV)、高温超伝導の臨界温度は最高でも135ケルビンだから、電子間の相互作用エネルギーは10meVの程度、すなわち、その挙動を詳しく知ろうとしたら、1meV以下の分解能を必要とする。そこで私達はトンネル分光法を選んだ。
      ある金属から他の物質に電子がトンネル効果で注入されるとき、電子のトンネル確率は試料物質の中で、トンネルしてくる電子の持つエネルギーでの電子の存在可能な状態の数(状態密度)に比例する。これを用いると、電圧と電流を精密に測定することで分解能は十分に得られるはずだ。
      ちょうど幸運にも私達の開発した後述のSTMが動きだし、それを改造して、極低温での測定が可能となり、超伝導状態とそれが破れた状態との電子の振る舞いの差を測定できるようになった。しかも、結晶内の位置によって、振る舞いの差があることが見いだされた。ただし、現在、私達の得ている結果は他の多くの研究者が他の手段で得ている結論とは異なったメカニズムをむしろ支持するものである。私達自身は自分達のデータを信じたいと考えるが、さらに、信頼度を向上させる努力を継続中で、より高度の実験から結論をはっきりと導きだしたいと考えている。
    • [c] 単結晶の成長と臨界電流を高めるための基礎研究
      第2の方向は高温超伝導の実用化において課題となる問題の解明である。超伝導体に流せる最大電流である臨界電流を、どうしたらもっと大きくできるのか。その決定機構を知ろうと考えた。そのためには、物質をなるべく純粋な形にして、その特徴を知らねばならない。通常の物質は多結晶とよばれる粒子境界を多数含んでいる。臨界電流がそこで弱まると、物質本来の臨界電流を知ることができない。そこで私達は研究に必要な電子濃度の異なる単結晶を多数合成することとした。物性研究の基本は電子濃度など物質の性質を少しずつ変化させた基準となる試料を、系統的に準備することから始まる。結晶成長は時間のかかる仕事だが、良い結晶は見た目にも美しい。できたときには嬉しいものである。超伝導体中では磁力線が量子化されて、ボルテックスと呼ばれる永久電流の竜巻のような渦糸ができる。
      これが電流を流した時にローレンツ力の方向に動いてしまうと、有限の抵抗が発生する。この渦糸をいかにして動かないようにするかがポイントだ。私達は電子濃度などにより、この渦糸の動く様子がどう変化するのかを、試料にかける磁場を変化させて、その磁化がどのように起きるかを測定する方法で求めることにした。高温超伝導体では渦糸の様子はこれまでの低温超伝導体とは非常に異なっていることが判明した。特に結晶構造が層状で、電子の通りやすい銅イオンと酸素イオンの層と、その間に存在する電子の通りにくい層との関係が決定的な役割を果たしていることを突き止めることができた。すべての特性が異方性係数にスケールされるのである。これを電子濃度を変えた試料で精密に測定することで、モデルを作っていくことを試みている。
  2. フラーレンの高分子(※2)
    C60などフラーレンと呼ばれる物質は、極く最近になって見つかった炭素のみの篭型構造をした物質である。このような単純で美しい構造をした物質がなぜ今まで見つからなかったのかは謎というしかない。私達の目から見た面白さは次の点である。C60はマイナスイオンになりやすく、しかもイオン価は1から6価まで変化する。しかもC70、C76、C82など種々の類似構造が存在する。あたかも周期律表に新たなそれも陰性の遷移元素が出現したようだ。現代の世界で遷移金属が大活躍しているように、新たな陰性遷移元素の出現は化学の世界のバラエティをさらに大きなものにしてくれるだろう。つまり、私達はフラーレンを初めて出現した陰性遷移元素と見立てて、それと陽性元素との組み合わせで無数ともいえる新たな無機化合物の化学が開けると信じる。
    また、C60の篭の中では2重結合と1重結合が交互にならぶ、いわゆる、共役2重結合構造が出現しており、電子波が広がって動きやすい。これまでの高温超伝導はすべて、このような構造の単位間を電子がゆるくトンネルできる構造になっていた。したがって、もしも、もう一つの共役2重結合を持った分子とC60分子とを交互に重合して共重合高分子を作れば、共役2重結合の鎖はさらに伸びて、電子が長距離を走れるであろう。
    うまく行けば超伝導が出現するかも知れない。また、導電性や非線形光学材料としても面白い物質が得られるのではないだろうか。このような考えで1991年にフラーレン高分子のプロジェクトを開始した。そして、3年経ってようやく高分子といえるものを手中にすることができた。現在、私達は繋ぎに使う有機分子の構造を種々に変えて、C60分子間のトンネル確率を変化させ、超伝導発現を目指して努力中である。この高分子の構造は真珠のネックレスのようにC60の玉が繋がっているので「pearl necklace copolymer」と呼んでいる。
    また、C60をその他の方法で繋ぐことを試みており、ソフトケミストリーと呼ばれるマイルドな化学反応手段を用いての合成方法を学生の提案で採用している。また、C60、C70などの大型単結晶を初めて作ることができた。これはダイヤのような形の美しい結晶で、そのピカピカ光る表面では他の結晶では見られない、面白い波打ち現象(超周期構造)などをAFM(原子間力顕微鏡)観察で見つけることができた。光によってこの構造が顕微鏡下で動くようすは神秘的で不思議である。これは、物質表面に関する新たな発見に繋がる可能性があるので、現在その機構を知ろうと努力中。
  3. 磁場の不思議な効果
    高温超伝導の出現により、間もなく強い磁場が容易に使える時代が来る。高温超伝導の研究に関わる者としては大変嬉しい。しかし、よく周囲を見回してみると、磁場が物質や化学反応、あるいは生物に及ぼす効果については、良く理解されている磁性材料について以外は、ほとんど理解が進んでいないことが分かった。幸いに高温超伝導パワーリードを使った液体ヘリウムを必要としない初めての10テスラ超伝導磁石を試作品として入手できたので、種々の物質に磁場をかけて何が起こるのかを観察することを92年より始めた。そして多くの人が常識と思っていることが実はそうではないことが分かってきた。水に磁場をかけると水面が数cmも凹み(モーゼ効果)、この効果は実はもっと弱い永久磁石程度の磁場でも、増幅して観測可能なことも学生の提案で発見された(増強モーゼ効果)。
    さらに、なんの効果もないであろうと思われていた水中へのガスの溶解反応速度やイオンの拡散の速度にも磁場が顕著な効果を示すことがつぎつぎに見つかってきた。私達が化学反応や生体反応を行なおうとするとき、外からの制御因子は温度と圧力を変化する以外には方法が無かった。これからは、温度-圧力-磁場というもう一つの制御因子によって、新しい分野が開かれるものと私達は信じられるようになってきた。私達はそれを「新磁気科学」と呼びたいと考える。そのための先駆け的な探索の実験を次々と考案していきたいと考えている。このプロジェクトでは学生の提案が特に有益で、研究はスタッフと学生とのブレーンストーミングを基本として行なわれている。
  4. 走査型マイクロプローブの開発
    固体の表面は観測の難しい、科学では残されたフロンティアである。STMが発明された時、私はこれを化学反応の追跡に用いることができたら、これまで推測でしかなかった反応の分子レベルでの様子を知ることができそうだと興奮した。小さな反応器に入れられるよう、私達は小さなSTMを目指すことにした。振動を極限まで取り除こうと種々の防振機構をつけるために大型化していった多くの手法とは逆の道を辿った。最初の3年間は原子像を得ることができなかったが、見えてみると、小型STMは低温での測定や磁場下での測定などには大変強力であることが分かった。ソフトウェアを自分達で作っていたので、探針の動きを工夫して、原子の位置を指定して、その場所でのトンネルスペクトルを取れる方法を開発することができた(原子位置指定型トンネル分光法)。いま、この方法を用いて、物性研究で唯一の手段として、固体のバンド構造(固体内に広がる電子のエネルギー状態)において位置に依存する情報を得ようとする努力を開始している。いままでの固体物理学はそれを知る手段がなかったために、局所状態密度と呼ばれるこの情報を無視してきた。しかし、複雑な結晶構造や微細な構造をもつ物質が、これからの機能材料の花形になるであろう。私達はそのような物質では局所状態密度の情報が決定的に重要になると信じている。
    一方、半導体の微細加工によりマイクロメーター以下の大きさの磁場センサーができる。そこに電子ビームを使って、STMの探針を作ることが極く最近できた。電子で針を作るというのは常識外れだが、ともかくできるのである。これを使って、コンピュータのハードディスクなどの磁気構造を見ることができ、現在、磁気構造が変化する時の仕方の研究や、超伝導体中での磁力線の量子化の様子を研究することに役立てたいと、学生達が努力中である。


※1 高温超伝導基礎研究の世界最大の学会は Materials and Mechanisms of Superconductivity and High Temperature Superconductors でM2Sと略称される。応用では Applied Superconductivity Conference。国内では低温超伝導学会、物理学会、応用物理学会、金属学会、化学会など。最も多くの論文が投稿されるのはPhisica C という学術雑誌。

※2 フラーレン研究の世界の中心は Rice 大(米)、Sussex 大(英)、UCLA、都立大、三重大、名古屋大、日電基礎研など、論文数比(1993まで)は米14、日4.4、独2.7、英2.3、仏1.3、旧ソ1.2、インド1。論文誌は Chemical Physics Letters, Physical Review B, Journal of Physical Chemistry, Journal of American Chemical society, Physical Review Letters, Nature, Solid State Communications, Science など。 磁気科学についてはまだ特定の学会・雑誌は無い。国内学会では応用磁気学会、電気化学協会、化学会、応用物理学会、物理学会などで発表している。


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