日本IBM科学賞 第17回(2003年)受賞者
受賞者紹介
村上 洋一(むらかみ よういち)
昭和32年12月1日生まれ
東北大学大学院理学研究科 教授
日本原子力研究所放射光科学研究センター グループリーダー
高エネルギー加速器研究機構 客員教授
-
昭和55年
大阪大学基礎工学部物性物理工学科
卒業 -
昭和57年
大阪大学大学院基礎工学研究科
修士課程(物理学専攻)修了 -
昭和60年
大阪大学大学院基礎工学研究科
博士課程(物理学専攻)修了 -
昭和61年
筑波大学物質工学系・講師
-
昭和62年
東京大学理学部物理学教室・助手
-
平成6年
高エネルギー物理学研究所・放射光実験施設・助教授
-
平成9年
高エネルギー加速器研究機構・物質構造科学研究所・助教授
-
平成13年
東北大学大学院理学研究科物理学専攻・教授
日本原子力研究所放射光科学研究センター・グループリーダー
高エネルギー加速器研究機構・客員教授 -
【専門】
固体物理学・構造物性、放射光科学
贈賞の理由
共鳴X線散乱法による電子軌道秩序の観測手法の開発とその応用
私たちの身の回りに存在する物は、全て原子によって構成されている。したがって、個々の物体の性質(物性)はこれら原子の並び方(配列)や原子自身の持つ性質により決定づけられる。特に、興味深い物性を示し近年注目を集めている高温超伝導体、重い電子系、巨大磁気抵抗物質といった強相関電子物質群では、この原子を構成している電子の持つ3つの内部自由度(電荷・スピン・軌道)がその物性に決定的な役割を果たすことが分かってきた。そのため物性物理学の研究分野では、この電子の持つ内部自由度を調べることが重要な研究テーマとなっている。しかしながら、電荷・スピンといった自由度が比較的容易に調べられたのに対し、軌道自由度(電子密度分布のかたちの自由度)を調べる研究手段はごく限られていただけでなく、難しくあまり進められていなかった。村上洋一氏は、この軌道自由度を調べるための新しい研究手段(共鳴X線散乱)を世界に先駆けて開発し、さまざまな物質系での軌道秩序相転移を初めて解明する成果を挙げた。
村上洋一氏の最大の業績は、物質の性質(物性)を支配する基本的な自由度である電子軌道の「秩序化や揺らぎ」を放射光の特徴を利用した共鳴X線散乱によって研究する新実験手法を開発・応用し、物性物理学に新しい研究分野を形成することを通じてわが国の物性科学研究が世界に誇れる成果を挙げたことにある。通常のX線散乱は、原子内の多数の電子による散乱によって物質の構造を知る有力な手段である。一方、物質の電気・磁気・光学的性質に重要な役割を演じる軌道の自由度を担っているのは、原子当たり数個の電子であり、それらの電子軌道状態の違いを示すX線散乱強度は極めて小さく軌道状態を探ることはできなかった。村上洋一氏は、共鳴X線散乱では電子の軌道間遷移(X線吸収端)を利用し、原子散乱因子の異方性から電子の空間分布の周期的空間配列を決定できることを実験的に示した。さらに、近年の物性物理科学の中心的な研究課題となっている遷移金属酸化物d電子系、希土類金属化合物f電子系などの電子物性研究に適用し、長い間、予測されていた軌道秩序相転移を実験的に観測することに成功した。特に、この転移が強相関電子系物質科学の主要な研究テーマのひとつである巨大磁気抵抗効果と強い関連があることで大きな反響を呼び起こした。また、新手法を駆使することにより、ナノスケールの膜厚の軌道秩序薄膜や軌道超格子の測定に成功している。電子軌道状態は電子の運動方向を直接的に制御するために、これらの強相関電子系デバイスの発展にも本手法の適用が期待されており、基礎研究だけでなく将来の応用研究にも繋がる可能性を秘めて社会的にも価値が高いものである。
以上のように、独創的な実験手法の開発によって物性科学において磁性物理学と並び得る軌道物理学と呼ぶべき新しい研究分野の形成を先導する多大なインパクトを与えた村上洋一氏の業績は極めて大きく、本賞を贈るにふさわしいものである。
※所属名および役職は、受賞時のものです。
