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科学者が語る、サイエンスの現在

第3回 相原 惇一教授


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相原惇一氏の顔写真利害損失に明け暮れる世界で、普遍的な価値だけをずっと探してた気がします


1.ホームランと二塁打

わたしの芳香族性理論の提唱をホームランとすれば、いまの研究は二塁打くらいの価値がある。

  まず最初に最近の研究について聞かせてください。

相原 : ここ数年、昨年のノーベル化学賞の受賞対象となった球殻状炭素分子・フラーレンの分子構造や安定性について研究してきました。フラーレンも、いわゆる芳香族分子の仲間ですが、どのような構造であれば、エネルギー的に安定な分子、あるいは壊れにくい、反応しにくい分子になるのかを検討しまして、 ある一定の成果を得ました。

フラーレンの作り方は次の通りです。まず、真空容器にヘリウムなどの希ガスを少し詰め、その中でグラファイトを蒸発させて炭素のススを作ります。 そのススを有機溶媒に浸すと、ススの中に含まれていたフラーレンが溶け出して、取り出せるのです。グラファイトを蒸発させるには、グラファイトの棒を2本用意して、 その間でアーク放電を行います。このプロセスでは、いろいろな大きさのフラーレンができるのですが、実際にススから取り出せるのはC60とかC70とか、特定の少数の分子に限られます。

すべてのフラーレン分子は、炭素原子でできた6角形と5角形の組み合わせでできています。5角形は必ず12個ある。実際に取り出せる分子では、すべての5角形は6角形に取り囲まれていて、 2つ以上の5角形が隣合った構造はありません。わたしはその理由を理論的に解明しました。2つの5角形に共有された炭素・炭素結合が不安定になるためだったのです。そのために、 2つ以上の5角形が隣り合った分子では、反応性が格段に増します。不安定な構造をもつ分子は、壊れやすいので取り出せないということになります。 日本IBM科学賞をいただいた研究をホームランとすれば、この研究は二塁打くらいの価値があると思っています。


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2.評価は欧米からやって来る

研究の評価は欧米からやって来る。わたしの場合、まさしく、その通りでした。

  先日、相原さんからいただいたノーベル化学賞の受賞理由が書かれた文書の中にこんな一節があります。『理論的な観点から見ると、フラーレンの発見は、銀河系における炭素の循環や芳香族性といった、非常にかけ離れた科学の問題に対するわたしたちの認識に影響を与えた。芳香族性は理論化学の中心テーマである』。

相原 : はい。このことからも、わたしが行ってきた芳香族性なる概念の解明は、ノーベル委員会公認のテーマであり、西欧的な価値観と矛盾しない研究であることがわかってもらえると思います。わたしの研究はむしろ、日本で受け入れてもらうのに大きな抵抗がありました。日本で行われた日本人の研究ですので、大部分の日本人は評価できなかったということです。ノーベル化学賞を受賞された福井謙一先生も、ニューズウイークの記者に「研究の評価は欧米からやって来る」と言っておられます。わたしの場合、まさしくその通りでした。


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3.一瞬であっけなく

何年か考えていて、解けるときは、一瞬であっけなく解ける。

  DNAの二重ラセン構造を発見した、ジェームス・D・ワトソン氏の著作である『二重らせん』という本。この本は、相原さんにとって特別な本だと聞いています。

相原 : 著者の研究の進め方に共感したのです。生物学者のワトソンはケンブリッジ大学のクリックと2人で、DNA分子の二重ラセン構造を発見した。クリックは物理学者です。 1952年頃ですか、DNAが遺伝子の本体であることが、よく勉強している人にやっとわかってきた頃ですね。他の人はまだ、タンパク質かも知れないとか、 核酸かも知れないとか言っていた。ワトソンたちは世間に先んじてDNAの重要性を認識した。そこで、ポーリングの手法を真似て、新たな実験などせずに、 既知の情報と矛盾しないDNAの分子模型を、推論だけで導いたのです。わたしの方法もそれに似ているとか・・・。

ポーリングは、分子の構造を支配する、いろいろな規則性を見つけた大化学者です。彼はそれでノーベル化学賞を貰っています。 ワトソン以前に、タンパク質の分子模型をつくるのにも成功している。スタンドプレイのきつい人でもあったらしいんですが、平和主義者でマンハッタン計画には参加しなかった。 核実験反対の運動をずっと続けて研究者の署名を集めたりして・・・。それでノーベル平和賞を貰ったんです。ポーリングもDNAを研究していたのですが、正解は出せなかった。

  二重ラセン構造についての研究ですね。

相原 : 残念ながら二重ラセンではなくて、三重ラセンなんかを発表してしまって(笑)。

  ポーリング博士というのは、核実験反対運動など、政治的色彩が強い科学者だったのでしょうか。

相原 : まあ、その通りでしょう。政治的な色彩は強い。そのために、マッカーシー旋風の煽りを受けて、ワトソンたちがいたイギリスへの渡航を禁止されたこともあった。

  レッドパージってやつですか。

相原 : まあ、それに近い。共産党党員とは認識されていなかったはずですが。渡航を禁止されたことで、研究が遅れたとも言われています。

  ポーリング博士やワトソン博士は、研究方法について多くのヒントを与えてくれた?

相原 : ふたりとも情報集約型の研究者ですね。サイエンスでは、重要なテーマを選ぶことはなによりも大切ですが、どんな問題であっても、考えをめぐらせていると、 解けるときは、一瞬であっけなく解ける。しかし、人間の思考方法からして、発想の飛躍などというものはありません。そのように見える研究でも、 ほぐしていけば、既知の情報の組み合わせに行き着きます。オリジナリティというのは、思いもよらない情報の組み合わせ方にあるのです。 そんなことをふたりから学びました。また、このふたりは的確な情報を嗅ぎわける能力が素晴らしい。


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4.ガス燈の中の物質

ベンゼンという物質はガス燈のガスの中に潜んでいたんです。

相原 : ベンゼンという分子が発見されたのは、1825年。一世紀半以上前ですね。マイケル・ファラデーという発電機の原理を発見した人が見つけた。 電磁誘導の発見者として有名なサイエンティスト。彼には有名な話があります。ある日、時の首相か市長かなんかが来て、その発見が何に役立つのかってファラデーに聞いたとき、 彼は『生まれたばかりの赤ん坊が何の役に立つのかはわかりません。でも政治家のみなさんは、やがてこれ(電気)に税金をかけるようになるでしょう』と答えた。 で、その通りになった。基礎科学の重要性を表わす言葉ですね。

当時はガス燈の時代でした。ガス燈のガスというのは、鯨や魚の油を熱分解してつくる。それを樽につめてロンドンの街に配っていた。 樽の底に液体が溜まるので、ファラデーが調べたら、ベンゼンが見つかったというわけです。

  芳香族とはなんでしょう。

相原 : アローマという言葉があります。香りとか芳香の成分を意味する。アロマテラピーというのが最近流行ってますね。これは芳香療法。よい香りを嗅ぐことによって、 体調がよくなる。香料の成分には、亀の甲、すなわち6角形のベンゼン環をもつ分子がたくさんある。

  匂いそのものを発生する物質ということですか?

相原 : 最初はそういう意味でした。香りのよい分子をアロマティックコンパウンド(芳香族化合物)と言ったのですが、そのうちに、だんだんベンゼン環が注目されるようになった。 ベンゼン環をもつ分子は反応させても、環の部分はあまり変化しない。普通の反応条件では、ベンゼン環が壊れることはありません。そういうことがわかってくると、 芳香族化合物という言葉は、香りのよい分子ではなく、ベンゼンのように安定な環状構造をもつ分子を指すようになった。ベンゼンはいちばん基本的な芳香族化合物です。

石炭や石油の中には、ベンゼン環をもつ分子がたくさん含まれています。このような分子は丈夫なので、石炭や石油は放っておいても腐らない。 有機物が不完全燃焼したときにできるスス。これは芳香族化合物の塊です。亀の甲をもつ分子は非常に安定で、自然界にあまねく存在する。山火事があると、 芳香族化合物ができて、四方八方に飛散する。

  そのベンゼンが存在しなかったらこの世界に匂いはなかった。まったく匂いのない世界だったということですか?

相原 : えーとね、それは非常に難しい話で、構造がちょっと変わると匂いはガラッと変わります。ベンゼン環をもつ分子には、匂いのしないものや嫌な匂いがするものもあります。 ファラデーが発見したベンゼン自体、あまりよい香りはしません。逆に、ベンゼン環がなくても、よい香りがする分子はたくさんあるのです。

  匂いの素となる分子の構造をサイエンティストがデザインすることは可能ですか。できるとしたらまったくいままでにない新しい匂いもつくれてしまう・・・。

相原 : 分子の構造が少し変わると匂いはガラッと変わるので、特定の匂いの分子を設計するのは難しい。できたものが、たまたま変わった匂いだったということはあるでしょうが。 とにかく、分子構造と匂いの関係は微妙なのです。


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5.すべてを支配する法則

自然とか、宇宙を全部支配する法則を見つけた。

  芳香族物質というのは、自然界に広く分布しているのですね。相原先生は自然界に普遍的にあるものを抽出されたと考えていいのでしょうか。

相原 : そう考えていただけると幸いです。ベンゼン環をもつ芳香族分子は自然界に大量にあるのです。戦後になると、それに加えて、5角形、6角形、7角形などが組み合った分子 も合成されるようになりました。ところが、この新顔の分子は安定だったり、不安定だったりしたので、どんな環状構造の分子をつくれば安定になるのかわからなくなった。 ベンゼンに関しては、こういう理由で安定だという説明もあったのですが、同じ理由を新顔の分子に当てはめるとうまくいかない。どうやら、 ベンゼンの安定性の説明も間違っていたらしいのです。

わたしは、このような事実に出くわして、これは大きな問題だ、大きな仕事になると思いました。結果的には、1975年に、あらゆる形の分子に通用する安定性、 不安定性の規則性を見つけることができた。少し誇張して言いますと、非常に原理的と言いますか、自然とか、宇宙を全部支配する法則の1つを見つけたということです。

  法則ですか。

相原 : 法則というか、規則性というか、判断基準と言いますか。分子の形とエネルギーの関係を表わす簡単な代数方程式を見つけたのです。

  いままで誰も見つけることができなかった。

相原 : 芳香族分子には、壊れにくいという性質だけではなく、独特の反応をするとか、反磁性が大きいという性質もあります。これらの性質をまとめて芳香族性と言いますが、 わたしが見つけた方程式を用いますと、これらの性質を統一的に解釈することができます。それで、わたしの理論はしばしば芳香族性理論と呼ばれています。

  方程式を見つけるなんて、一般人であるわたしには、ずいぶん凄い発見ではないかと思えます。

相原 : そう言っていただけると幸いです。わたしが見つけた法則は簡単なもので、専門家には容易に説明できるのですが、量子力学を使ったりするので、 一口で説明するのはちょっと無理です。 そこで、一般の方のために、わたしの理論がインチキでない証拠を1つだけ示します。ちょっと自慢話のようになってしまいますが、 わたしは『SCIENTIFIC AMERICAN』に記事を書いたことがあります。これは世界最大の科学雑誌で、研究者からの記事の売り込みも激しいらしいのですが、 わたしの主張は『SCIENTIFIC AMERICAN』の非常に厳しい審査にパスしました。この記事は、日本人化学者が書いたものとしては最初だったらしい。

  なるほど。世界的に有名な雑誌に認められたわけですね。

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6.生物の痕跡について

火星の表面で芳香族化合物が発見された場合、それは生物の痕跡かも知れない。

  先程、自然とか宇宙を全部支配する法則の1つを見つけたというお話しがありました。つまり、相原先生の発見した芳香族分子の規則性は宇宙全体に通用するわけですね。

相原 : 多分そうですね。わたしたちの銀河系だけでなく、500万光年の距離にある活動銀河でも、芳香族化合物のスペクトルが観察されていまして、 そこでもわたしが見つけた規則性は成り立っています。最近では、火星から飛来した隕石からも見つかったり・・・。 火星に生命があったとする理由の第1に、火星からの隕石に芳香族化合物があったことが挙げられていましたね。

  それはまたどうしてでしょう?

相原 : この間も、亀の甲分子があると、なぜ生命があったことになるんだと、ある通信社の記者に聞かれました。つまり、石炭は芳香族化合物の塊なんです。 石炭は元は生命体ですね。だから、もし火星の表面に芳香族化合物があるとすると、生命体がいた可能性は大きいと思います。火星に芳香族化合物があった場合、 それは生物の痕跡かも知れない。

  なるほど。その相原先生が見つけた法則によって、これからどんなことが、できるようになるでしょう。

相原 : えーとね、わたしのは一応、原理的な発見ですが、あまり変わったことは起こらないと思います。たとえば、元素の周期表がありますよね。 あれは1869年にメンデレーエフがああいう形で発表したのですが、周期表がもし発見されていなかったらどうだろうか? 恐らく、いまだったらコンピューターがありますからメンデレーエフは詳細なデータベースをつくったと思う。検索機能さえしっかりしていれば、あんな周期表はなくたっていい。 あれは、あくまでも通則でして、例外と言いますか、同じ族の元素でもニュアンスが非常に異なりますから。率直に言うと、あんまり役に立たない。

しかし、周期表は元素を整理するには、はなはだ都合がいい。あるいは、学問体系を綺麗に仕上げたという意味で有意義なわけです。わたしの発見も、これと同じです。 いままで雑然として個別的だった分子の性質が、ある意味で統一的に眺められるようになった。でも、それですべてが解決したわけではない。他にもいろいろな考え方は必要です。

  まとめたということですね。

相原 : 周期表みたいな規則性を見つけたということです。

  サイエンティストの方たちにとっては、非常に役に立つ重要な発見ではないかと感じます。

相原 : そう信じたいのですが。

  ひとつの指標をつくった。

相原 : ええそうですね。しかし、一般の人にとっては、ベンゼンが安定だと言ってもね。

  ひょっとしたら相原先生の発見が何らかの形で、一般生活者に関係してくるまでには、長い時間が必要なのかも知れません。

相原 : 見方によりますが、まあそうでしょう。近い将来、医薬品や機能材料の設計に利用されるくらいの可能性はありますが・・・。でも面白いことに、自然界にある生物は、 大方の化学者より遥かにわたしの理論に充分通じているのです。動物も、植物も、それに反するような物質を体内でつくったりはしていません。自然は利口ですね。 わたしの理論は、自然界にある有機物の構造を説明したりするのには、はなはだ好都合のようです。


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7.見ようとしないものは、見えない

科学者でも見ようとしないものは見えないんですね。

  相原先生の見つけた方程式を利用して、いろんなサイエンティストが新しいアイディアを生んで、100年後には驚くような社会になっている可能性もある。

相原 : あんまりなっていないと思います(笑)。断言はできませんが。どうも取材の意図と反するようですが(笑)。いまのところ、画期的な実用性はない。 分子は個性が強いので、一般的な通則があまり信用されないという事情もあって。しかし、希望はあります。フラーレンは昔からススの中にあったのに、墨にも含まれていたのに、 最近まで誰も見つけることができなかった。誰もそんなものがあるとは思わなかったので、見つけることができなかったんです。科学者でも、見ようとしないものは見えない。 まあ、法則もみんなそうですけれど。誰かが何かを見つけようとして、わたしの理論を点検すれば、驚くような発見があるかも・・・。 わたしの理論にどれだけのポテンシャリティがあるのかはわかりませんが、現時点では、あくまでも基礎科学ということです。

  見ようとしないものは見えないという考え方は、サイエンティストの方にとっては非常に重要なのでしょうね。相原先生が見えないものを『見よう』と思い始めたのはいつ頃のことでしょう。

相原 : 小さい頃から理科は好きで、高校2年までは、まんべんなく勉強する優等生であろうとしました。 これはしんどくて、高校3年になって優等生路線をやめたら、ずいぶん気が楽になりましたね。

  その頃、将来はサイエンスをやるって決めていましたか?

相原 : まあ、理工系ブームでしたからね。東大っていうところは、最初から専門を決めなくてもいい。大学に入る頃は、やっぱり世間に押されて工学志願だったと思います。 電子工学なんかを目指した。しかし、どういうわけだか理学部になり、化学科になった。そんなに頭がいいとも思いませんでしたし。まあ、化学くらいが適当かなと。 でもあんまり勉強しなかった。60年安保の年に入ったものですから、騒々しくて勉強どころではなかった。目標はあまり絞ってなくて、化学科の卒業研究では有機化学をやりました。 有機化学、ものを合成する。大学院では物理化学をやりました。

  その後は、北海道大学で助手として勤務したのですね。

相原 : ええ。北大では、大沢映二先生という有機化学者と同室でした。わたしにとって幸いだったことに、当時、大沢さんは芳香族性の本を書いておられた。 それで門前の小僧と言いますか、わたしにも芳香族性の研究を始める素地ができた。1970年頃です。大沢先生は世界に先駆けてフラーレンの存在を予言したことで有名な先生です。

でも実は芳香族化合物との縁は、大学院のときに始まっています。このたび、日本学士院会員になられた井口 洋夫先生のところで、芳香族化合物ばかり扱っていたんです。 わたしにとって、芳香族性はもともと身近な概念だったんですね。

  その方は、相原先生の恩師とも呼ぶべき存在ですか。

相原 : 大の恩師です。あの先生の一番大きな仕事は、芳香族化合物のような物質が電気を流すということを見つけた。 有機物はあまり電気を流さないと言われてた戦後間もない頃に、電気を流すという論文を書かれた。

  その論文をはじめとして、たくさんの文献を読んだのでしょうね。

相原 : 活字を読むのは元来好きですから、化学の文献は人並み以上に読みました。芳香族性を扱った本もいろいろ読みましたが、 どの本にも芳香族性は説明のつかない現象だと書いてある。それで、芳香族性は未解決で大きな問題だと確信したのです。 理論を詰める際にも、多くの文献から得た情報を動員しました。わたしの理論は、発想の飛躍があるように見えるかも知れませんが、 すでにある情報をひとつひとつ繋いでいったというのが真相です。


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8.ハングリー精神

いまの学生にはないハングリー精神がありました。

相原 : 大学院に入ってから、どうせ研究者を目指すなら、何か大きな業績を残さないとまずいという、 いわゆるいまの学生にはないハングリー精神が芽生えました。 わたしの家はけっして豊かではなかったので、そのためにも、なんとかせないかんと思った。そのようなわけで、 北大ではいろんな研究テーマに手を出しました。 主に実験ですが。しかし、何をやってもうまくいかず、いつもイライラしていました。

この状態を脱したのは1975年。芳香族性理論をつくってやっと気が晴れました。初めて納得できる仕事ができたからです。気分的にウンと楽になった。 学位を取って5年くらい後でしたので、まあ、ラッキーと言えばラッキーでしたね。そこに至らない人が多いことを考えると。結果的には、わたしは実験より、理論が向いていたのです。

  ある研究を継続する場合、ゴールがだんだんと見えてくる感じですか。それとも不意に解答が現われる?

相原 : 不意にですね。大袈裟に言えば、突然、閃いた。・・・1974年に、ベンゼンのような、ひとつの環から成る分子の安定性を説明する簡単な理論をつくりました。 そのとき思ったのは、これと同じ水準で、2つ以上の環から成る分子の芳香族性が予測できる理論をつくればノーベル賞になるかなと。 ところが結果的には、それ以上に一般性のある理論が1年後に見つかった。いまから振り返ると、あっという間の出来事でした。


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9.ハンディキャップのあるレース

人生はすべてハンディキャップのあるレースです。

  ノーベル賞について聞かせてください。

相原 : 日本人はノーベル賞を取りにくいとよく言われますね。わたしたちは西欧社会の一員ではないので、確かにハンディキャップはあります。 したがって、彼らと同等の業績では無理かも知れませんが、それ以上の抜きんでた業績であれば、彼らも無視できないと思う。 このようなハンディキャップはノーベル賞に限らずよくあることです。日本では何かにつけて有力大学の先生が有利だと言われますが、 それ以外の研究者にチャンスがないわけではありません。要は、誰もが認める卓抜した業績をあげればよいのです。

どこの国の研究者でも、みんなハンディキャップを負って競争しています。人はそれぞれ知力、体力、財力が異なりますし、家庭環境、利用可能な資源や情報、 受けた教育、学歴(学閥?)、指導者、運不運、時代の善し悪しなどまったく違いますが、研究者となって同じテーマに取り組めば、これらはすべて無視され、 とにかく最初に問題を解決した者が勝ちです。わたしの経験から判断しますと、いわゆる頭のいい人がよい研究業績をあげるとは限らない。 日本では「学者は頭のいい人がなるものだ」という迷信がありますが、西欧では必ずしもそうは考えないらしいですね。

ノーベル賞が日本からでにくいのは、日本人に業績を評価する能力が乏しいことも関係していると思います。ノーベル賞を取るには、 それに相応しい研究テーマを選ぶ必要がありますが、日本では明治以来、舶来の研究を至上とする考え方が強くて、オリジナリティを尊重する気風がなかった。 現在でも、大学入学者の選定、科研費などの選考、研究者の人事なども、アメリカに比べて極めて容易に行われています。真の実力や業績が重視されない社会では、 肩書きや出身校、あるいは所属する社会階層などが重視されがちです。


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10.新しい秩序

いまは歴史の転換期だから混乱もある。でも、だんだんと新しい秩序ができるのではないでしょうか。

  90年代はさまざまな意味で非常に変化の激しい時代です。環境破壊や各地での紛争、人口爆発、エイズを代表とした疫病などたくさんの問題、ネガティブな要素を抱えています。生物が飛躍的進化をするときはいつでも危機であるという説もありますが、ヒトという生物は現在の危機的状況をバネにして、次の次元に入っていけるのでしょうか。人類共通の財産をつくりだす科学者のおひとりとして、ご意見を聞かせてください。

相原 : いまは、歴史の転換期なので混乱がある。だけど、なんとか破綻の前に人間の英知でしのげるとわたしは思いますね。だんだんと、新しい秩序ができるんじゃないでしょうか。 それはどんなものになるのか。日本の政界再編成と同じで、まだ結末が見えない。国際的にはまだロシアの混乱が収まっていませんし。 わたしは衛星放送で朝、海外のニュースをよく見ますが、まだ過渡期だと思いますね。しかし、たとえばフロンの問題なんかは国際的にかなりうまくいきました。 予想以上の進展ですね。日本IBMなんかはフロンの使用を全廃しましたし。これは国際的に非常にうまくいったケースです。

  学生の理科離れについては、どう考えていますか。

相原 : 最大の問題は、日本も豊かな社会になって、若者に目標がなくなったということではないでしょうか。ハングリー精神がなくなった。フリーターやっても充分食っていける。 そんなにアクセクする必要はないんじゃないかと。あるいは努力に見合った見返りがあるのかと、そこで非常に醒めているのではないでしょうか。 あるいはサイエンスをやっても見返りがあるのかと、非常に醒めてきた。国も企業も、研究者を優遇しませんから。

もうひとつの問題は、サイエンスに魅力がなくなってきた。基礎科学では、身近な現象に関わる原理的な発見がほとんど終って・・・。面白味がなくなったと言いますか。 少々のことをやっても、高校の教科書に自分の名前が載るなんてことはないですね。わたしの仕事にしても大学院の化学の教科書にやっと載るかどうかです。 脳の記憶のメカニズムを決めたりすれば、これは高校の教科書に載りますよ。でも、高温超伝導では厳しいかな。サイエンスが非常に細分化し、原理的な発見から遠のいていますので、 魅力的じゃなくなった。

理工系の学生は経済学部の学生の5倍勉強すると言われています。実験は毎日午後いっぱいありますから、そりゃ大変です。それに対する見返りがありませんし・・・。 研究者を優遇するようになれば、あるいは努力に見合った報酬があるとなれば、考えは変わるんじゃないでしょうか。社会として、研究者が本当に必要なら、 スター研究者をつくるような政策をとらないといけないと思う。そうすれば野球選手と同じように、一般の人にも見えてくる。スター研究者もひとりやふたりではなく、 ある程度の数は必要でしょう。


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11.普遍的な価値を探して

普遍的な価値をずっと探していましたね。

  相原先生の研究フィロソフィーというか、研究を始めるときの『気持ち』を聞かせてください。

相原 : 普遍的な価値を発見したい、という気持ちは昔から強かったですね。研究にもいろいろありますけれど。それで、 宇宙の果てでも、どんな時代であっても成立する原理や原則を見つけたいと思った。たとえちいさな仕事であっても、長く生き存える仕事をしたい・・・。 芳香族性なんていう概念は、これは宇宙に適応できそうだと。先程も言いましたが、芳香族化合物は、うんと遠くの星雲でも見つかっている。 500万光年とか、それ以上の遠いところでも、芳香族性理論は成立するのです。

わたしには、研究フィロソフィーなどはありませんが、サイエンスは感性の問題だと思います。成功したサイエンティストは、成功した芸術家と同じように感受性が豊かである。 普通の人にとってはつまらないものを、興味をもって見るわけですね。感受性の豊かな人でないとうまくいかない。昔だったら、誰にでもわかる大きな問題がたくさんあったんですが、 いまはそんな現象はめったにない。だから、芳香族化合物の安定性とか、普通の人が思いつかないようなことに疑問をもたないとどうしようもない。


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12.解くことができる最大の謎

サイエンスは謎解きだと思います。解くことができる最大の謎を探せばいい。

相原 : 謎解きは多くの人が好きでしょう。サイエンスは謎解きだと思います。謎を見つけるにも、謎を解くにも感受性が大きな働きをする。 とにかく、その時代に解くことができる最大の謎を探す。あるいは一番インパクトがありそうな問題に取り組む。これで研究の半分は終ったようなものです。 つまらない研究をやれば、結果もつまらない。だからいい研究テーマを選ぶということが、優秀なサイエンティストかどうかということになる。凡人はつまらない研究をやるわけです。

  きっと解いても解いても、その先には?が転がっているのでしょうね。

相原 : そんなことはありません。サイエンスは有限です。個々の研究分野から見れば、サイエンスはだんだんと完成しつつある。力学や電磁気学は完成してしまった。 量子力学でさえも。芳香族性にしても、基本的な認識は完成しました。 タテのものをヨコに並べ直すようなことはあっても、根本的に見方が変わるようなことはないでしょう。自然科学っていうのは、だんだんと完成していくものだと思いますね。 その一方で、新しい学問の誕生もあることはありますが。

いま、わたしは天文学に片足をつっこんでいますが、物理や化学より、遥かに完成度が低いのがうれしい。わたしにも何かやれそうだという予感がする。 大きな謎があればどんな学問でもいい。天文学でも生物学でも、あるいは経済学でも。わたしは本来、そういう考えです。ただ、教育を受けたのが化学ですから、やっぱり化学がやりやすい。 化学を使って宇宙の構成物質を調べる。それはやりやすいですね。

  ちょっと抽象的な質問なのですが、ある種の研究を突き進めていって未知のエリアに到達する科学者には、いったいどんな景色がみえるのでしょう。ちょっと分野は違いますが、宇宙飛行士のように地球を外側から見た人間の一部には、神の問題を挙げる人もいます。

相原 : 立花隆さんの本なんか、読んでますとそういうこと、書いてありますよね。宣教師になったとか。

  『宇宙からの帰還』ですね。

相原 : ええ。しかし、わたしは雑事に追われていますので、それ程の経験はありませんが(笑)。精神的に開眼したというような、神秘体験はありません。まあ、有り得るとは思いますが。 アインシュタインのような天才の伝記を読むとそんな気がします。宗教家が天啓を受けるときのような・・・。アメリカに行ったときにモルモン教の聖地をまわったことがあります。 日本でも盛んに布教していますが、アメリカ生まれのキリスト教の一派と自称する宗教です。

  ユタ州のソルトレイクシティですか。

相原 : ソルトレイクシティにあるのは本山です。それ以外にも、バーモント州にある開祖ジョーゼフ・スミスの生家や、彼が教典を授かったとされるオンタリオ湖の近くのパルマイラという街も 訪ねました。

  スピリチュアルなものへの憧れから興味をもったのですか。

相原 : サイエンスをやっても、そんなに先は見えません。一般の人と変わりませんね。ちょっとだけくわしく物質の構造を知っているだけで。むしろサイエンスの限界が見えますので、 宗教家にその先を教えてもらいたいと思って・・・。宗教家や天才には見えないものが見えるような気がするんです。すこし、危ない話になってきたかな(笑)。


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13.ウエストサイド物語、最高でした

ウエストサイド物語、あれは最高でしたね。

  危ない話から少し離れましょうか(笑)。好きな映画はありますか。

相原 : 高校から大学にかけて映画は好きで恐ろしく観ましたね。『クレオパトラ』とか、ああいう超大作の時代だった。ミュージカルの『ウエストサイド物語』、あれは最高に面白かったですね。 有楽町のピカデリーへ何度も足を運びました。それ以外にもミュージカルは大体観ました。『南太平洋』も素晴しかった。『マイフェアレディ』、 『サウンド・オブ・ミュージック』も観ました。あと、チャールトン・ヘストンの映画とか。

  『ベンハー』とか?

相原 : ええ。『ソロモンとシバの女王』や『十戒』も。『ローマの休日』みたいなお伽話もよかったですね。邦画では東宝の映画をよく観ました。社長シリーズとか、 若大将シリーズとかね(笑)。


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14.読書と思索の日々

俗世間を離れて読書と思索の生活を送るのが夢ですね。

  これで最後の質問としたいのですが、座右の書というか、バイブルというか、そんな本はありますか。

相原 : 「わたしは限られた時間で、手あたり次第に乱読しているだけですが、1冊だけ時々読み返す本があります。ジョージ・ギッシング著「ヘンリ・ライクロフトの私記」 (平井正穂訳、岩波文庫ほか)がそれです。岩波文庫のワイド版でもでています。一昨年には、河出書房新社から「ヘンリー・ライクロフトの四季随想」という題名の新訳でハードカバーの本も出ました。

あまり売れない文筆家が、晩年知人から予期せぬ年金を遺贈され、南イングランドの片田舎に隠棲して読書と思索の日々を送るという設定で、 著者ギッシングが四季折々の随想を綴った本です。イギリス南部の美しい風光、春夏秋冬の微妙な移ろい、思索に富む静かな生活がみごとに描かれています。 ギッシング晩年の作品です。利害損失の交差する俗世間を離れて読書と思索の生活を送るというのは、わたしたち現代人にとって夢のまた夢ですが・・・。 それにしても、日々の生活はあまりにも忙しすぎます。

  本日は貴重なお話しをありがとうございました。

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プロフィール
相原惇一氏の顔写真

【相原 惇一】
1941年7月2日生まれ
東京大学大学院理学系研究科博士課程修了
現在、静岡大学理学部・教授
1987年、「芳香族性の起源と本質の理論的解明」の研究により、第1回IBM科学賞、受賞

出身地 : 徳島県
職業 : 静岡大学教授
家族 : 妻、息子
趣味・関心 : 研究者のライフスタイルを調べること
好きな音楽 : 都はるみの歌謡曲
好きな言葉 : 人の一生は重荷を負て遠き道をゆくが如し、急ぐべからず
夢 : 俗世間から離れた読書と思索の生活


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