タブの始まり
- 1. はじめに
- 2. 「量子構造」と呼ばれる、未知の空間
- 3. 0.5次元ステップで電子を制御する
- 4. 未来をつくる歴史への参加意識
- 5. 社会への興味が生んだサイエンティスト
- 6. コミットから始まる意識革命
- 7. 参加意識という、未来へ飛翔するための翼
- プロフィール
上記リンクをクリックすると、ページ内の該当箇所に移動します
サイエンスの視点から社会、歴史への参加意識を持って、豊かな未来に貢献できるテーマを追求したい
1. はじめに
- 今回は、量子構造に関する先駆的研究で、第3回(1989年)の日本IBM科学賞・エレクトロニクス分野の受賞者となられた榊裕之教授にお話をうかがいました。
榊 : 先生の量子構造の研究は、粒子性と波動性を兼ね備えている電子への新たなアプローチと言えます。
寸法が100ナノメートル(ナノ=10億分の1)以上の半導体では、電子は主に粒子的性質を示すのに対して、10ナノメートル程度の寸法の半導体では、量子サイズ効果(※1)によって波動性が強く現れます。先生は、電子が量子波としての性質を強く示す半導体量子構造を対象にその物理の解明と新機能の創成に関する研究を進めています。
先生が対象とする量子構造は大きく4つに分類されます。電子の動きが2次元面に限定された「超薄膜」、その超薄膜を積層化し、電子が膜から膜へと3次元的な動きを一部回復した「超格子」、さらに超薄膜を線状に形成して1次元的な電子の振る舞いを実現する「量子細線」、電子をすべての次元で閉じこめる「量子箱」の4つです。さまざまな形状の量子構造を作って電子を制御し、電子の示す新しい電気的・光学的性質を解明・制御し、新デバイスの可能性を探る研究が進められています。通常の半導体素子はシリコンなどに少量の不純物を加え、この不純物の種類や量を選択することで作られています。他方、量子ヘテロ構造は、組成の異なる2種類の半導体材料をナノスケールで形状制御し、これを組み合わせて作ります。例えば、10ナノメートルほどの超薄膜を2種類、交互に積み上げたものが超格子です。先生はSiMOSFETの超薄膜伝導層における量子効果の先駆的研究を行い、続いて揺籃期にあった超格子の研究に取り組み注目すべき成果を挙げました。特に、その多層膜内部で電子の波の反射や閉じ込めが制御できることを示す先駆的な実験を行い、その後、超格子を用いた赤外光検出器の発明や、高電子移動度トランジスタ(HEMT)(※2)など高速ヘテロFETを生む端緒を作りました。
さらに量子細線や量子箱の素子応用のコンセプトを1975年に世に先駆けて提示、以後の量子構造研究の先導的役割を果たしています。この分野は、半導体レーザーや発光ダイオード、赤外光検出素子、さらに超高周波帯での増幅などさまざまな分野へと発展しており、ますます多彩な応用が期待されています。また分子線エピタキシーに関しては、界面凹凸を原子スケールで評価する技術や、これを平坦化する手法を示すとともに、10ナノメートル級の細線の新しい形成法を開発するなどの成果を挙げ、量子構造の作製と構造評価の発展にも大きく寄与しています。
2. 「量子構造」と呼ばれる、未知の空間
- まず初めに先生の研究テーマについておうかがいします。超格子、量子サイズ効果、トンネル効果など、そのキーワードは非常にミクロな世界を舞台としたものですね。その上、現代物理学全般に関わるキーワードでもあり、きわめて広範な技術の根幹を支える重要なテーマだけに、実に難解に感じてしまうのですが…
榊 : 量子構造という言葉から、難解な対象と思われるかもしれませんが、ある面では、錯綜したところのない分かりやすい研究テーマなんですよ。極めて薄い半導体の膜など極微な舞台を様々な形で作り、その中で電子がどんな振る舞いをするかを調べるのがその出発点です。
この極微な舞台では電子が量子力学的な波として振舞い、様々な新しい性質を示すため、その舞台を量子構造と呼ぶのですが、その電子の振舞いを解き明かすだけでなく、これを制御し、欲しい性質や機能を生み出すことが研究の目的です。つまり「量子構造の物理とそのエレクトロニクス応用」の研究を進めています。
大別すれば、超薄膜内の電子の働きを対象とする一連の研究と、量子細線や量子箱を舞台とするものに分けられます。前者にも、薄膜内の量子サイズ効果をひかえ目に用いるものと積極的に使う研究があります。また後者には、100ナノメートル級の細線や箱構造を対象とするものと10ナノメートル級のものを舞台とする研究があり、それぞれに興味深い性質が見られます。
- 量子閉じ込め構造の研究はどのくらいの歴史があるんですか?
榊 : 問題意識が芽生えたのは1950年代の後半です。
電子がトンネル効果で抜ける現象に関しては、江崎先生が、1958年にpn接合を用いた有名な実験を報告されましたが、電子の量子的閉じ込めについては、60年代の初頭にはビスマス薄膜などを対象に初歩的な実験がなされたのが最初です。この種の研究が本格化したのは、1966年にIBMの研究所のファウラー博士らが、極低温でSiMOSトランジスタを用いて量子サイズ効果の証拠を明瞭に示した仕事から、と言ってもよいでしょう。
Metal-Oxide-Semiconductorトランジスタ(MOSトランジスタ)(※3)は、半導体(Si)の表面に、絶縁膜を介して金属膜を載せたコンデンサ構造をもっており、これに電圧を印加すると、半導体の表面層に電子が蓄積されます。この電子蓄積層の中で、極低温では電子の定在波状態のできることが見出されたわけです。
この発見の翌年に大学院に進んだ私は、エレクトロニクス素子が利用される室温において量子効果の有無を調べてみようと思ったんです。高温では散乱がより頻繁になり量子的側面が消えるのか、残るのか不明でした。そこで新計測方法を考案し調べたところ、室温でもコンデンサーに加える電圧を強めると量子サイズ効果が重要な役割を果たすことが1970年に分かってきたのです。
その頃、これは先端科学としてだけでなく、エレクトロニクスの根幹を支える重要なテーマだということを意識しました。
1970年に江崎玲於奈先生は半導体超薄膜を、交互に積み重ねた超格子と呼ぶ量子構造を提案し、74年からは実験報告が出始めました。江崎先生からお誘いがあり、私は76年に江崎グループにおいて、客員研究員として、超格子に関し仕事をする機会を得ました。この超格子は材料を一様に混ぜ合わせた混晶半導体には見られない独特の性質が実現できます。特に、各層の厚さや組成を様々に設定することで薄膜内部に閉じ込めていた電子をトンネル効果で、隣接する膜へと往来させることができます。
江崎先生は膜と垂直に電子を走らせた時の電子(波)の反射や透過の特異性に注目する研究を推進されていたのですが、私は「多層構造の膜面と平行に電子を流しながら、磁場(磁界)を色々な方向から加えると電子の流れ方や抵抗はどうなるか」という設問を立てて実験を開始したところ、障壁層のトンネル透過のしやすさに依存して、電気抵抗の磁場依存性が系統的に変化することなど、様々な新知見を得ました。なお、超薄膜構造の磁界中の抵抗変化の研究は、その後大きく伸びています。特に、1980年には表面に垂直な磁場を加えたシリコンのMOS伝導層を使って、量子ホール効果が発見され、85年にはノーベル賞が与えられています。
さらに、化合物半導体内の2次元電子伝導の研究も、私たちの仕事が最初ですが、その後、多様な発展を見せています。特に1982年に、ベル研で、分数量子ホール効果という現象が発見されています。強い磁場を加えた時に電子は円周運動をしますが、量子力学では、個々の電子が磁束量子という磁束の基本単位にからみついた状態となります。ここで、磁界を強め、一個の電子に3本の磁束量子のあるような状態で電気抵抗を観測すると、異常が現われ、1/3個の電子電荷を持った新粒子が量子磁束にからまったような、特異な現象が見られます。この分数量子ホール効果は、電子が相互作用のために、複合的な粒子の側面を示す見事な例であり、98年にはノーベル物理学賞が与えられています。
MOSトランジスタに限らず、量子的な薄膜構造を用いたデバイスは大きな発展を遂げており、日常の暮らしと無縁な物理学研究の対象だけじゃなく、情報技術の根幹を制御する不可欠の要素といえます。例えばガリウム・ヒ素系の超薄膜を用いたHEMTもマイクロ波無線の根幹素子ですし、同様の薄膜を用いたレーザーも光通信や光ディスク技術に欠かせません。ですから超薄膜内の量子サイズ効果を活用した素子がなかったら今のエレクトロニクスは存在しえない。つまり、量子構造はとても身近な技術でもあるのです。
さらに別の応用例として、私が江崎グループにいた1977年に発明した超格子を使った赤外線検出器があります。この素子について説明しましょう。超薄膜の中では、電子の定在波が形成されますが、膜内に閉じ込められた最低準位の電子を赤外線によって高い準位へ励起し、その時膜外へ流出させれば赤外線を検出できると考えたんです。この素子は膜厚を変えると、感光波長をコントロールできるなどの利点があり、地球観測や医療分野の赤外線検出器として利用でき、今後の発展が期待されています。
さて、この素子は赤外光を受けるものですが、その逆プロセスを利用し、量子準位間の上から下への遷移を用いると、赤外光を出すカスケード・レーザーというものができます。これは94年に開発され気体分光などへの応用が模索されています。
- 73年までのSiMOSに関する研究が第一の潮流に関するもの、そして江崎先生のもとでの超格子関連の研究が第二の潮流ということになりますね。その後が現在の潮流、第三の潮流というわけですが、先生が現在のご研究を発想なさったきっかけはどのようなものだったのですか?
榊 : 江崎先生の超格子の研究は、2次元的自由度を持つ超薄膜を多層化することで、電子の3次元的自由度をある程度回復させた構造を探索する試みであったわけです。これに対し、私は1975年頃に、反対向きの冒険を考えたんです。薄膜の中の電子運動をさらに制御するために、運動の自由度がさらに低い10ナノメートル級の量子箱、量子細線構造で電子を制御して、デバイスを作る試みを記した論文を世に問うたわけです。江崎先生のグループに参加する前年の75年に投稿し、76年に発表したものです。当時は、実験は難しかったです。従来のLSI作製技術の延長では100ナノメートル級が限界で、世界の研究者は私の提案を実現が困難と判断していました。その後、100ナノメートル級の量子細線や量子箱が85年頃にやっと作られ始めたんです。メゾスコピック(※4)という、原子とマクロの中間寸法の物理研究が活発化し、極定温において、1次元や0次元電子の示す量子力学的な世界が初めて実感されるようになったのです。でも10ナノメートル級細線や箱の形成は当面断念せざるを得ない状況だったんです。89年に私が「日本IBM科学賞」をいただいた当時は、そのような時期でした。
しかし、そうした中で、さまざまな試みがなされ始めました。薄膜結晶の成長技術に工夫を加えて、面内の組成を制御する新しい試みが活発化し、ユニークな手法で、細線や箱を作る方法が考案されるようになってきたんです。
私の提案した量子細線、量子箱というターゲットを目指して、多くのグループが努力をした結果なんです。分子線エピタキシー(※5)技術を含め、90年頃から技術の拡張が進み、10ナノメートル級の量子細線や量子箱形成の見通しが立ってきたんです。
例えば、半導体物理の国際会議の論文では、最近はこの分野が全体の50%を占めるほどのブームになっています。今は学術的なブームですが、産業応用はこれからですね。この研究は、今、さまざまな分野への応用が期待されており、材料科学、エレクトロニクス、レーザー、材料工学、デバイスなど多彩な分野の人が参加してくれています。世界中の知恵を合わせて研究が進められて、興味深い事実も続々と発表されて、活気にあふれたホットな分野ですよ。
3. 0.5次元ステップで電子を制御する
- 量子力学的な現象、その世界の奇妙な振る舞いは、どうしてもマクロな現実世界とかけ離れていて、イメージしにくいですね。もちろん、それこそが現実であるということは、知識としては分かっていても、感覚としてはどうにも理解しがたい部分があるのですが。
榊 : そうですね、でも私の研究は、電子の制御を極限にまで追求しようとしており、技術的には大きな冒険ではあっても、電子の次元性を軸に考えると、極めて素直なものでもあります。
通常の結晶は3次元の世界ですから、電子は、前後・左右・上下に自由に動ける世界にいるわけです。これを超薄膜という2次元の世界に閉じこめる技術が登場したのが60年代です。次に超格子が出て、2次元の世界に閉じこめていた電子が、トンネル効果によって、積層方向の自由度をある程度回復し、いわば2.5次元の世界で制御しようとしているんです。さらに量子細線では1次元的な世界、量子箱なら0次元という次元性のもとで電子の運動や波動性をコントロールする。箱から箱、線から線へと電子が移る構造なども含めると、3次元から0次元まで0.5次元のステップで電子を制御する冒険をし、これを活用していく試みをしていることになります。
4. 未来をつくる歴史への参加意識
- お話をうかがっていると、先生の研究はいつも他の人がやっていない方法を探して、どうなるか試してみたいという好奇心に満ちているように感じますね。そして研究方法や理論の先鞭をつけていかれるという、挑戦的というか、フロンティア・スピリットを感じるのですが、そうしたアプローチは、先生ご自身の性格的な資質に負うところが大きいのでしょうね。
榊 : 必ずしもそればかりじゃないように思いますよ。2/3くらいは運で、残りがその人間のクセみたいなものなんじゃないでしょうか。大体、この分野で研究することになったのもいわば運命みたいなものでしょう。成功し完成された分野というのは入り込むのが難しいけれど、私はまだ途上だった時期に入っているわけです。ただ、それだけにものになるかどうかはまったく未知ですから勇気がいりますね。ちょっと盛り上がってくれば、ぐんと広がるんですが、ブームになる前から入ろうとするのはその人の性格や発想のくせが効いてくると思いますけどね。
でもこうした探索的分野の研究には批判も出ますよ。量子箱や量子細線における電子の量子サイズ効果の研究は決して平坦な道ではありませんでした。技術的な発展はこれからの分野でもありますから。75年当時、研究に携わる人はほとんどいなくて、86年頃からやっと、という感じですからね。
電子が発見されて100年経ちますが、電子とじっくりつき合ってみると、量子構造や高温超伝導体などで電子の持つ新しい側面が次々と出てきており、随分見事なものだと思いますね。量子力学の登場から数えても70年以上経っていますが、まだまだ魅力が尽きないものとの認識が確立したのも最近のことです。この分野は今、世界中の優秀な人が興味を持って参入してくれていて、競争も激しいものがあります。一方で世界中の知恵が続々と蓄積されていますから、知の深まりという面では、刺激に富む状況にありますね。群盲巨象をなでる、という言葉がありますけど、私たちの研究分野は巨大な岩石をみんなで削り込んで調べていく、世界的なチームプレーをしているような感覚があります。私自身もそうした意味で、歴史的な営みの中に参加しているという実感を持っています。
過去の研究者の築いた蓄積で確実に登っていけるところまで山を登り、その場所から雲間の峰を仰いだり、次に自分でどんなルートを選びどのような足場を築くかを考えたりするのに似ています。そうした営みが科学技術の未来を作る一人ひとりの、これからの仕事でしょうね。
- もともと電子工学の分野は、非常に基礎的な研究が要求される分野ですが、同時に常にサイエンスとテクノロジーの架け橋的な分野でもありますよね。研究の成果は、あっという間に技術に応用され、最先端のコンピューティングなどへと拡張されるわけで、先生の研究分野もいわば実質的な“未来”を作っているという感覚があると思うのですが、ご自身としては未来づくりへの参加意識をどのようにお持ちなのでしょう?
榊 : 例えば、より高性能なコンピューターやロボット機器開発などは生産性の向上などを通じて経済的な恩恵を私たちにもたらすものです。けれど人間にとっての未来社会が魅力ある展望や生きがいを見出す風土を持たなければ、私たちの研究成果も意味あるものとなりにくいことでしょう。これは物理学者や技術者にのみ与えられた課題ではなく、今という時代を生きる人間のひとりひとりに与えられた課題だと思うんですね。世界に残る貧困の問題、病気、地球環境、雇用や教育、民族間紛争。こうした問題に知恵を出し合っていく事が大切でしょうね。サイエンスは、純粋にテーマを絞り、鋭利な刃物で深堀りして行くものですが、人類全体として解くべき問題を共有しており、科学上の課題もそのひとつであるという意識を忘れることはできません。その中で自分の研究も活かされていくと考えることが重要なことだと考えています。
私の研究分野の意義としては、通信とか情報処理に役立つ新しいデバイス技術を提供するという側面がありますが、それだけでなく自然界の電子が、どこまで奥深く面白いものであるかを明らかにしていく、人類全体の知的冒険の側面もあります。つまり産業的な価値と知的冒険という両方があるんです。この分野の研究はそのどちらかで価値があるんです。今みたいに経済的に厳しい状況では、研究を役に立つか立たないかだけで判断して、役に立たないものは切り捨てられがちですが、知的冒険も産業的価値と同じく重要なものと思います。
私もIBM日本科学賞をエレクトロニクスの分野で受けたわけですが、エレクトロニクスの研究テーマの多くは知的冒険と産業的価値の両方が隣接し相互に刺激しあい発展しているんです。応用と基礎研究を日本では厳格に分けて両者の交叉部の魅力を見落としがちです。けれど、最近のノーベル物理学賞をみると、受賞テーマの多くがエレクトロニクスに近い研究の中から派生的に出てきています。物理学と電子工学の間で対話できる研究者を育成するには、教育上の工夫も要りますが、両者の境界は双方にとって面白い分野ですから、今後ますます垣根が低くなると思います。ナノ構造の研究には磁性材料とか有機物の研究者もぞくぞく参加しています。研究テーマが細分化してお互いに対話がなくなるように思われていますが、高い目標を各々の分野で目指すと、技術や問題意識に共通面が現れ、複数の学術分野が再び、統合する局面も生まれています。量子構造の研究もそうした異分野間統合を推進していると思います。
5. 社会への興味が生んだサイエンティスト
- そうした問題意識の持ち方、サイエンスと人間性の密着というバランス感覚は、例えば子供時代から科学少年として育つうちに養われてきたんでしょうか。
榊 : いや、子供の頃はいろんな事に関心があり、高校までは、サイエンスは自分の中ではマイナーな存在でしたね。それよりも世界がどうなっているのか、今がどんな時代なのかといったことに興味があり、歴史、地理、倫理、経済などの教科が好きでしたね。特に高校の授業で出会った都留重人先生の経済学のテキストは忘れ難いもので、資本、生産、消費、商品、価値などの概念が実によく理解でき、経済の構造が見事に説明された素晴らしい本でした。そんなわけで将来はジャーナリストか外交官になるのが夢でした。現実世界の謎解きをしたかったんです。ただ、物理も面白いという感覚は持っていました。
10才まで過ごした私の故郷は知多半島では、毎日のように海岸で遊び、名古屋港に出入りする船を度々眺めて、外国はどんなところか一度ぜひ見てみたいと夢をふくらませていました。また幼稚園のころから、アメリカ人の宣教師と接する機会に恵まれ、ユニークな発想に興味を持ちました。例えば、失敗すると「トーストは焼こうとしなければ焦げない」なんて表現で励ましてくれるんです。“失敗”は、何もしないよりうんと良いと言うわけです。
さらに私が10才の頃、電子顕微鏡の研究をしていた父が2年間ドイツに留学し、手紙や写真でドイツでの出来事や、訪問先のパリでの経験をよく知らせてくれました。そんなこともあって海外渡航への夢をさらにふくらませました。 幸いなことに、高校3年の1962年、AFS奨学制度のお蔭でアメリカ留学の機会を与えられました。ケネディー大統領の時代で平和部隊のプログラムが始まり、「手に職をつけた国際貢献」が若者の関心を集めた時代です。ケネディーは、この「平和部隊」に加えて、月面を目指す「アポロ計画」、さらに「公民権」の確立など、冷戦の次の時代の歴史的展望を示そうとしていたのです。自由主義陣営からの理念的メッセージとして、歴史への関与のプログラムを示していたんです。米国社会は、自分たちのものだから、そのコミュニティーは自分たちの力で築くべきであり、さらに近隣諸国とは協力関係も深める。市民としての責任も権利も自分のものとして積極的に対応する空気がアメリカ社会に満ちていて、社会の不都合を自分の問題として捉え、自分の力で解消していこうという意志がありました。困難な状況でも力がでる国民だと思いました。
当時、私はケネディーの就任演説を暗唱し、教室では黒人の公民権運動や社会正義といったテーマでよく討論しました。私が理科系に進もうと思ったのは、こんな環境の中です。技術というスキルを身に付けて国際貢献したい、歴史作りに参加したいという思いで理科系に進路を決めたんです。この頃の感動や共感が私の価値体系の基盤を作っているように思います。
6. コミットから始まる意識革命
- 幸福な学生時代を経て、今は研究者となられ、また教授というお立場で学生にも接しておられるわけですが、いまの日本の状況や学生の姿は先生の目にはどう映っていますか?
榊 : まず東大の学生の多くは、素材としては世界中どこに出しても負けない人材だと思います。ただ効率よく勉強する習慣のためか、解答の有無のわからない研究活動のようなものに、長期間じっくり取り組むのは不得手の人が少なくないようです。失敗や困難を回避するための準備は得意であるが、出口の見えない状況で試行錯誤をすることは苦手でしょうね。大学院の学生には5年間に、できれば、小さな成功と中くらいの失敗を1回して研究のつらさも楽しさも知り、その上で、大きな成功に結びつけるよう助言しています。転んだときに上手に起きあがることが大切なんで、転ぶこと自体は恐れる必要はないのです。そうした本式の経験をするには修士2年間では不足ですね。だから院に進むにせよ、企業に入るにせよ、本式の研究をして、転んで、起きあがる力をつけてほしいと思います。
研究では良い問題、テーマを見つけることが難しく、その後に答えを見つける作業も長時間の努力を要し、講義で学ぶことに比べ100倍も1000倍も効率の悪いことで、楽ではありません。ただし、研究者は自分でテーマを選ぶ自由があり、テーマの設定により、知的探索を深めたり、広げたりできるのです。
テーマの選定に際して、社会における自分の使命への配慮も大切ですが、それに過度に縛られると苦しく、心が活力を失うこともありますね。日本では所属団体へ貢献する思いがとても強く、仲間の期待に応えようとする傾向が強いものです。このため、あまり長い間、成果が出ないと申し訳ないという意識が出やすいものです。しかし、すぐに結果を出そうとすると、どうしても息詰まってスケールの小さな仕事を促すこととなります。そうした風潮は、研究の追い風にならないと思います。
私の研究テーマも30年近く続いていますが、この間、世界中からのさまざまな成果の相互啓発で進んできているわけです。育つまで待つ環境がなければ、私の研究は消えていたでしょう。短期間では産業応用のできないものも多いのです。社会の枠組みが、10年スケールで変わる状況の中で、研究制度と時代に合わせていくために改革も必要でしょう。しかし真に革新的な研究は、初期の探索と長いフォローの後に初めて結実することを理解しなければいけません。こうした忍耐強い継続の重要さを社会に説明することは、研究者側の大切な役割です。確かに、研究体制のいくつかは改革すべきですが、研究の質が高められるように支援し、研究者の意識の革新をもたらさなければ、制度の改革は空虚なものとなるでしょう。 教育にせよ政治にせよ、社会制度の革新には自らの問題としてコミットし貢献していくことが大切ではないでしょうか。日本では同一組織の中では個人の協力がスムーズでよく機能するけれど、組織間の協力は不得手で、相互に組織を批判するのみで、責任をたらい回しする傾向が強いように思います。批判は大切だが、各々の組織が社会の必要とする任務を分担しているとの意識がないと、改善に結びつきにくい。私のIBM時代の研究仲間で、自分の住むニューヨーク郊外の小さな市で教育委員長をしている人がいます。学校のあるべき姿をつくろうと、コミットしています。
またアメリカ物理学会は高校での物理教育の質的低下に対し、自分たちで何か対処すべきと考え、新しい試みを始めています。この運動では、一流の物理の教授たちが、高校の物理教師に伝えたい興味深いテーマを選び、まず全米の大学にある物理学会の学生支部と連携して、大学生40人に最も面白い情況を伝えるセミナーをすることから始めています。このコースで感動した学生が、支部の仲間に伝え、さらに地元の高校の物理の先生にこの話をする。この先生たちが高校生に感動を伝え、ネズミ算的に物理の楽しさを広げる工夫をしているとのことです。研究者が一般社会に科学の楽しさを伝えることは、NASAなども力を入れており、見習いたいですね。アメリカ崇拝じゃなく、いいところは取り入れるべきです。日本式でもアメリカ式でも吟味し、よいものを強めることで革新していきたいですね。
たとえば、終身雇用は日本的で米国にはほとんど無いように思われがちですが、HP、AT&T、IBMなどの優良会社では終身雇用を尊重しながら、高い成長と利益をあげています。こうした企業では、個人が長年にわたって同じ組織にあって、自分を成長させつつ組織に貢献できる仕組みを工夫しており、ノーベル賞級の仕事を生む基盤ともなっています。私も、組織を活かして自分のテーマを大きく伸ばす方法を見つけていきたいものだと思います。
7. 参加意識という、未来へ飛翔するための翼
- 先生のご研究は、今後どんな方向へ進んでいかれるのでしょうか?
広瀬 : 10ナノメートル級の量子箱や細線が作れるようになってきたので、種々の新素子に関するこれまでの理論的提言を実証し、エレクトロニクスに貢献したいと思っています。特に、量子箱の電子状態は人工原子とも見なせ、これまでにないレーザー材料として大変魅力的です。また、箱の中の電子の有無を0と1に対応させると、メモリー素子分野への発展が期待できます。量子細線に関しては、電子運動の直進性や加速特性の特徴を明らかにするため、1次元電気伝導の基本問題に取り組んでいきたいと思っています。超薄膜構造は既に種々の素子応用で成功を収めていますが、さらに高性能化や普及に努めていきたいですね。
それと、研究者を育てるための教育にも寄与したいと思っています。研究者には問題の発見や設定、問題の解決に加えて、コミュニケーションの能力が重要です。学者や研究者は、書物や試験管の中身とのつきあいが深く、人との付き合いは下手な人種という印象があるかも知れません。確かに、政治や商談の場で求められるものとはかなりの違いがあります。しかし、コミュニケーション能力は研究にも不可欠のスキルです。日本ではこの点に関し、認識と努力が、やや足りない気がします。今や世界中の研究者と議論し、協力し、自分の研究を理解してもらうためにも、コミュニケーションは大切です。この交わりの中でグローバルな視点が生まれ、自分の仕事の意義や独自性がよりよく見えてきます。したがって研究の中核を支える能力だとも言えます。
若い世代には、物理など純粋な学問の面白さと同時に、人間が自然に働きかけて新たなものを作り出す工学の面白さ、創造と実現の喜びを、伝えていきたいと思います。21世紀の良し悪しは、次世代の意欲や知性によって決まるわけで、その育成の努力と熱意は、おろそかにはできません。大学への愛着もあるし、ここまで育ててくれた感謝の気持ちもありますから、大学の質的前進にも精一杯役立ちたいですね。
今、日本経済は苦しい環境にありますが、これも悪いことばかりではないでしょう。意識の変革を進める絶好の機会であり、事実、変り始めていると思います。不都合な情況に対し、単なる組織や制度の批判で終わらせず、自分自身で改善策を探り、これに関与することの重要性が認識されつつあると思います。外や組織から与えられた目標を目指して動く集団ではなく、各々の構成員が自立し、主体的な判断をした上で、相互に協力して問題に取り組むような新しい形の“自立者”のコミュニティーを作っていくことが不可欠となるでしょう。こうした社会組織作りの中で、それは自分自身への信頼や、進むべき方向への確信を与えてくれるはずです。社会貢献への関与が、問題を解決し、個人の幸福につながる。今はそうした社会への準備段階でしょう。科学、技術に従事する一人として、社会への関与、歴史への参加を通して、より良い人間社会をつくるための貢献をしたいと思っています。
- 本日は貴重なお話しをありがとうございました。
プロフィール

【榊 裕之】
昭和19年10月6日生まれ。
東京大学先端科学技術研究センター教授
東京大学生産技術研究所教授
専門は固体電子工学(とくに半導体における量子効果の物理とエレクトロニクス応用)
著書:『超格子ヘテロ構造デバイス』(工業調査会/編著)
昭和43年:東京大学工学部電気工学科卒業
昭和45年:東京大学大学院修士課程修了
昭和48年:同博士課程修了東京大学生産技術研究所助教授
昭和51年:IBMトマス・ワトソン研究所客員研究員(52年まで)
昭和62年:東京大学生産技術研究所教授
昭和63年:東京大学先端科学技術研究センター教授(併任)
創造科学技術推進事業「榊量子波プロジェクト」総括責任者
※所属名および役職は、受賞時のものです。
休日には、気持ちのおもむくままに読書、散歩、音楽や絵画鑑賞などを楽しむ。
音楽はバッハ、モーツァルト、ベートーベンなど古典的な音楽を好み、一方でフォーレなど伝統的な構成の中に新たな試みを盛り込む作曲家にも心惹かれている。人の心を天上に向けるような音楽を好む。
また出張先でも時間があれば美術館に足を運ぶなど、絵画鑑賞も楽しみの一つ。
「19世紀から20世紀の初頭に爆発的に発展した芸術分野において、これからの芸術家が何をどのように表現していくか」というテーマは、「20世紀に大活躍した科学技術の分野において、21世紀に探索すべき対象と方法は何か」という設問とある種、通じるものがあることを実感。先人の蓄積を楽しむと同時に、新たなものを生み出して伝統に新しい要素を付加していくという共通性に面白さを感じると言う。
※1 量子サイズ効果 : 電子の波長以下の極微細構造になると、物質は電子の波動性のために、従来にない性質や機能を示す。量子準位の分離と光学特性の変化、電子の散乱や伝導機構の変化、電子波の干渉効果等が観察される。
※2 高電子移動度トランジスタ(HEMT) : 純度の高いガリウム砒素結晶と電子供給のための不純物を含むアルミニウム・ガリウム砒素を接合し、その接合面を電子が高速で移動する性質を利用した超高速トランジスタ。不純物がないため電子は散乱を受けずに素早く移動でき、放送衛星からのマイクロ波受信用の低雑音増幅器や宇宙電波の観測用の素子として利用されている。
※3 MOSトランジスタ=MOS[電界効果]トランジスタ(MOSFET) : 高純度の半導体(S)結晶(シリコン)の表面近くに、薄い絶縁酸化(O)膜を介して金属板(M)からなる制御用のゲート電極を設けたサンドイッチ構造を持つ増幅素子。ゲートに加える電圧の大きさでSi表面に現れる電子を増減(電界効果)させ、この時、表面に沿って流れる信号電流が増減することを用いる。通常のトランジスタとは異なり、ゲート電極には電流を流さず、電界効果だけを利用するのが特徴。メモリーやプロセッサーなど大部分のLSIの中枢を占めている。
※4 メゾスコピック : メゾとはマクロとミクロの中間のことである。原子(0.1ナノメートル級)よりは大きくマクロ(100ナノメートル以上)な物質よりは小さい、その中間のスケールのこと。電子の干渉を含めた波動性や電子電化の離散性が重要となる系で、これによって量子力学的世界に直に触れ、その抽象的世界が初めてリアルさを持って実感されるようになった。
※5 分子線エピタキシー : 真空下で原料を加熱蒸発させると分子は相互と衝突せずに直進する。これを分子線と呼ぶ。超高真空の下で適切な温度に加熱された清浄な結晶基板上に、例えばGaやAsの分子線を供給するとGaAsなどの半導体結晶を整然と成長(エピタキシー)できる。この方法では、一原子層ずつの成長ができるため、分子線の切り換えで量子井戸や超格子などの量子構造などの形成が可能となる。
