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日本IBMトピックス

1993年-トピックス-

  • 北城新体制スタート

    北城新体制スタート
    1月1日付で椎名武雄代表取締役会長兼CEO、北城恪太郎代表取締役社長(前取締役副社長)による新体制がスタート。北城社長は4月にCEOも兼任した。新社長就任直後「情報産業の変革をリードするため、個々人のプロフェッショナル・スキルの向上とビジネス・プロセスの根本的改善を図り、お客様志向の経営基盤を確立する」という指針が発表され、翌年発表の「VISION 21」のベースとなった。 (1月)



分社化経営開始-GBCとSBCが営業開始
中小中堅企業と個人向けのソリューションを提供する日本アイ・ビー・エム情報システム株式会社(GBC)と、アウトソーシング事業などのサービス・ビジネスを展開する日本アイ・ビー・エム・サービス株式会社(SBC)の両社を分社、1月1日付で営業を開始した。 (1月)


  • IBMコーポレーションにガースナー会長兼CEO就任

    IBMコーポレーションにガースナー会長兼CEO就任
    1993年初にエイカーズ会長が退任し、新任のIBMコーポレーション会長兼CEOとしてルイス・ガースナーJr.前RJRナビスコ会長兼CEOが就任した。ガースナー会長は就任直後の挨拶で「IBMの強みは社員の力、技術力、製造力、そして世界的なマーケティングとサービスにある」と語った。会長就任と同時に世界中のお客様を訪問したガースナー会長は7月に来日した。 (4月)


創業以来初の赤字転落
1993年度の決算は、円高による輸出ビジネスの採算悪化等が原因となり、経常利益は101億1千2百万円だった。構造改革を主な目的とする491億5百万円の特別損失を計上したため、創業以来初となる184億2千8百万円の赤字決算を記録した。


ソフト/サービスの売上が初めてハードを逆転
「脱ハードウェア」への企業体質転換を目指した成果として、1993年度のソフトウェアとサービス事業の売上が、1992年の53:47から46:54(出荷ベース)と、初めてハードウェアを逆転した。SIや保守、ネットワーク関連などサービス事業の成長と、ソフトウェア売上の好調さが原因。


あらゆるサービスを集大成-総合サービス・ソリューション体系「ALWAYS」
情報システムを構築する上で必要となる各種のサービスを、企画、構築、運用、共通の4カテゴリーに分類し、約300種のメニューに集大成した総合サービス・ソリューション体系「ALWAYS」を発表。サービス・カンパニーへの転換第2フェーズとして位置づけ、あらゆるサービス・メニューを有機的に統合した。ALWAYSは、ADVANCED VALUE-WARE FOR YOUR SYSTEMSの略称。(2月)


日本IBM「環境プログレス・レポート」を発行
1990年に発行された「IBM Environment Progress Report」をベースに、日本IBMの活動実績を対応させた「日本IBM環境プログレス・レポート」(1999年版より環境・ウェルビーング プログレス・レポートと名称変更)の第1号を発行。IBMの環境マネジメント・システムと環境実績の継続的な改善に努め、情報を広く一般に開示するために年に一回の刊行を続けている。日本IBMのプログレス・レポートはインターンの学生によって大部分が作成されていることも特徴。 (12月)


  • 「オープン・クライアント/サーバー推進協議会 (OSPG)」発足

    「オープン・クライアント/サーバー推進協議会 (OSPG)」発足
    オープン・クライアント/サーバー・システムの広範な普及・促進を目的とした「オープン・クライアント/サーバー推進協議会(OSPG)」が発足。ミドルウェアの標準化促進を図り、富士通、NEC、日立など会員企業はベンダーとユーザー企業合わせて63社。(12月)(補注:02年にオープンソリューション・パートナーズグループ(Open-Solutions Partners Group)と改称)


  • 「「スペシャル・ニーズ・システム(SNS)」-障害を持つ方のPC環境整備を支援

    「スペシャル・ニーズ・システム(SNS)」
    -障害を持つ方のPC環境整備を支援

    障害をもつ人が円滑にコンピューターを活用するための支援につながる「スペシャル・ニーズ・システム(SNS)」を初めて製品化。第1弾として、手の動きが不自由な人の確実なキー操作を支援するソフトウェア「AccessDOS」や安定したキー操作を支援するキーボード・カバー「Keyguard」(写真)など5製品の販売を開始した。同時に障害をもった人々の試用や練習の場として、箱崎事業所に「SNSセンター」を開設。この年には、PC用「点字大辞林」も完成した。 (5月)


  • プリンター内蔵ノートPC発売-「ThinkPad 550BJ」

    プリンター内蔵ノートPC発売 -「ThinkPad 550BJ」
    世界で初めてプリンターを内蔵したA4ファイル・サイズのノートPC「ThinkPad 550BJ」。キヤノンと共同開発したバブルジェット式プリンターは、48_48ドットの高品質で漢字印字も可能。プリンターを外部接続した場合に比べ、約2倍の速度で印字できる高速性が話題を呼んだ。
    翌94年には、カラー液晶のモデルも発売 (1月)


  • グッド・デザイン大賞受賞-サブノートPCの草分け『ThinkPad 220』発売

    グッド・デザイン大賞受賞-サブノートPCの草分け『ThinkPad 220』発売
    重量1kg、A5ファイル・サイズのウルトラ・ポータブルPC「ThinkPad 220」を発売。サブノートPCの草分けとなった製品で、単三アルカリ乾電池でも駆動可能なことが注目を集めた。IBMパソコン(マルチステーション5550から)10周年記念モデルとして5,550台の限定で生産された製品だったが、好評にこたえ量産された。ペン型PC「ThinkPad 710」等とともに、財団法人日本産業デザイン振興会の平成5年度Gマーク商品選定審査において、ノートPCとして初めて「グッド・デザイン大賞」を受賞。(5月)


SIビジネス好調を持続-DOAの浸透
1993年度のSI事業は引き続き2ケタ成長を記録し、契約額も20%以上成長した。要員も1200名から2500名に増強。DOA(データ中心型アプローチ)を採用し、東京ガスの「ATOM (All TOkyogas Maintenance system)?ガス温水冷暖房やガスヒートポンプエアコンなど戦略商品毎に縦割りだったシステムをDB2とCICSで統合」など、年間約800プロジェクトが進行した。


藤沢工場の3.5インチHDDなどの生産をタイに委託
収益力強化と在庫削減などを狙い、IBMのハードディスク・ドライブ(HDD)製造拠点であった藤沢事業所の3.5インチHDDなどの生産をタイのサハ・ユニオン社に委託した。IBMは、タイにおけるディスク・ドライブ製造に関し、1988年からサハ・ユニオンと協業関係にあり、サハ・ユニオン社会長のアナン・パンヤラチュン氏は、1992年からIBMアジア・パシフィックの経営諮問委員を務めた。


(その他の主な出来事)

1993年設立の関連会社

(※セカンド・キャリア支援プログラムによる定年退職者との共同出資会社)

People & Finance


※1993年1月1日付で、日本アイ・ビー・エム情報システム株式会社・日本アイ・ビー・エム・サービス株式会社を分社。上記数字は日本アイ・ビー・エム単独の数字。