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インドと中国、自動車大国への道

発想の異なる新たなプレイヤーの出現で、日本企業が求められる変革とは?

エマージング・マーケットにおける日本のビジネス戦略と新しいものづくり

インドの自動車メーカーが開発した30万円以下の低価格乗用車を、ものづくりの観点からどう評価したらよいのでしょうか?高い品質のものづくりを武器に成長してきた日本の自動車メーカーの間でも、その評価は大きく分かれているようです。

ものづくりのアプローチは、必ずしも1つではありません。今回インタビューした、IBM ビジネスコンサルティング サービス株式会社の越前さんと日本IBMの江崎さんは、「インドの自動車メーカーのものづくりは、日本が得意としてきたやり方と本質的に異なっている」ことに注目しています。

インドが取り組もうとしている自動車のものづくりとは、どのようなやり方なのか?自動車開発に不可欠なIT人材を豊富に抱えるインドを活用していくためにも、インドのものづくりを正しく評価する必要があるかもしれません。


——ここ2〜3年、日本でもインド経済に対する関心が高まっていましたが、今年に入って特に自動車市場に注目が集まっていますね。

越前 インド経済についてお話を進めるにあたって、自動車業界にかかわる立場としては3つの視点があると思いますのでご紹介します。
1) 日本の自動車メーカー、サプライヤーにとっての新たな市場としての可能性
2) 日本メーカーにとってインドの自動車メーカーが新たな脅威・競合となる可能性
3) 自動車業界を支えるITという視点から、ITスキル・リソースの大きな供給源としての可能性
です。
越前さんの写真
IBCS インダストリアル事業本部
自動車産業事業部 越前 広一

まず1つ目の視点、新たな市場としての可能性からですが、インドの乗用車市場は、販売が年間100万台を突破し、今後も2ケタ成長が続くとみられています。インド市場に先行的に進出し、これまで市場自体の成長に大きく貢献してきたスズキグループ(現マルチ・スズキ社)に加え、トヨタ自動車や本田技研工業、欧米の大手メーカーなども高級車セグメントからインドに進出するなど、グローバル企業の動きも活発化してきました。さらに、今年秋にはタタ・モーターズが10万ルピー(28万円)の超低価格小型乗用車「ナノ」を発売する予定(2008年1月発表)で、これを機にバイクやオートリキシャ(バイク付き人力車)に乗っている数百万人という大きな層が一気に乗用車に乗り換える可能性が出てきました。

江崎 「ナノ」のデビューがインド国民に与えた衝撃は大きく、急増する新中間層にとって、四輪車がようやく自分たちの手の届くものになったという興奮が伝わってきます。国内自動車メーカーでいち早く反応したのは日産自動車のゴーン社長です。「2011年にナノより安いクルマを造る」と超低コスト車市場への参画を表明しました。インドなど新興市場での大きな需要の伸びを確信したからでしょう。一方で、インドの道路事情をあらためて見たときに、「どこに自動車が走るスペースがあるのか?そう簡単に二輪車から四輪車に乗り換えられるはずがない」との冷ややかな見方があるのも事実です。

越前 私も現地を見て驚いたのですが、片道3車線の道路をバイクやオートリキシャに、乗用車、バスが6列ぐらいで走行しており、渋滞のひどさは想像以上です。インド政府も、自動車市場の成長をバックアップしようと今後10年間のインフラ整備計画などを発表していますが、実際の道路建設はかなり遅れていると聞いています。

——ポテンシャルはあるけど、インフラが追いついていない—。そこで見方も分かれているのでしょうか?

越前 そうですね。この点については、インド政府も大きな努力を図っています。2006年にインド政府が発表した「自動車産業発展10カ年計画(AMP)」には、2016年までの自動車産業の発展目標および政府としての支援内容が明記されているのです。特にインフラの改善と税法および労働法の改正を通じて、インドの自動車産業に影響を及ぼす外的課題、業界に対する支援における政府の役割が明確に記述されています。 いずれこうした問題は解消されていくにしても、当面の間はインド市場が急激に拡大しようとする際のボトルネックとして働く可能性が高いですね。

江崎さんの写真
日本IBM インダストリアル事業
自動車産業担当マネージャー
江崎 智行

——日本メーカーはインド市場などのエマージング・マーケット(台頭する市場)でどのように取り組んでいくべきでしょうか?

江崎 インドの自動車市場をエマージング・マーケットと考えて積極的に取り組もうとしている企業と、クールに状況を見極めようという企業と、日本メーカーの間でも見方が二極分化していますね。高品質のクルマづくりで成長してきた日本メーカーにしてみれば、10万ルピーで、どこまでの品質と耐久性を実現できているのか、との思いもあるのでしょう。ただ、「ナノ」の開発には日本の大手自動車部品メーカーもかかわっていて、決して品質を落とすのでなく、機能を削ぎ落として価格を下げたという話も聞きます。10万ルピーの車が登場してきた自動車市場において、日本メーカーはどのセグメントで勝負するのか。ブランドと品質に一日の長があることをてこに、利益性を重視してハイエンドのセグメントに特化していくのか、それとも最大ボリュームのセグメントで勝負を挑んでいくのか。また今後のインド以外のエマージング・マーケット攻略を見据えて、日本メーカーとしても低価格自動車をつくる技術を確立する必要があるのか。この2つの意味で状況を見極める必要があると思います。

——日本メーカーは品質だけでなく、価格競争力にも定評があったはずですが…。

越前 日本メーカーが得意としてきたのは、品質を落とさずに価格を下げるコストダウンです。これに対して「大幅に機能を絞り込んで価格をどこまで下げるのか(ダウングレード)」というものづくりは、これまでの国内・欧米先進国市場での競争において日本メーカーにあまり必要なかった発想で、従来とは異なるものづくりの発想や技術が求められるのではないでしょうか。インド以外にもエマージング・マーケットは多く残されており、「ナノ」のような自動車の需要はあるでしょうから、日本メーカーとしてもどう対応するかが問われます。手を出さないと後で後悔する可能性もありますし、手を出して経営資源を無駄にするリスクもあります。メーカーによって戦略が分かれるところだと思います。

千葉さんの写真
インタビューアー:
経済ジャーナリスト 千葉利宏

——これまでの自動車市場は、トップ10のメーカーで世界シェアの7割以上が占められており、大手メーカーはフル・ラインをそろえるのが当然だったのではありませんか?

江崎 IBMが実施した2020年に向けての自動車産業における将来展望の調査からも、「これまでは、『ホワイト・スペースがあれば攻める(多品種、フル・ラインアップ)』が基本アプローチだったが、先進国向け高機能車と新興国向け低価格車という二極化が進む市場にあっては発想を転換する時期に来ているかもしれない」という国内自動車メーカー・エグゼクティブの声に代表されるような見解が多く聞かれました。地球環境保全を考えた場合、グローバルの視点から無駄なものづくりは回避するべきですし、日本の自動車メーカーは企業文化として、簡単に市場から撤退したり、工場を閉鎖したりしませんから、この超低価格車市場への新たな参入についても、慎重にならざるを得ないのかもしれません。
一方、部品サプライヤーのスタンスは、完成車メーカーとはかなり違っているようです。日本の大手部品サプライヤーは「ナノ」に部品供給していますが、インドのスケール・メリットへの期待と超低コスト化技術やダウングレードの知見、さらには、新しいビジネスのやり方を学ぶ狙いがあると思われます。

越前 先ほどの将来展望の調査からもう一つ興味深い点が指摘されています。それは、インドを中心とするBRICsなど新興国では、車をつくって単に売るだけではなく、新しいサービスやビジネス・モデルへの関心が、日米欧の市場に比べて圧倒的に高いということです。
その背景として、BRICsなどでは必ずしも政情が安定しておらず、最初に巨額の投資を行って販売店網を整備し市場を開拓していく従来のビジネス・モデルではリスクが大きいからでしょう。別のモデルで何とか市場を開拓できないかと知恵を絞るなかで、例えば、ファイナンスのサービスと組み合わせて、カー・シェアリングなどのサービスを提供し、購買力に劣る低所得層にも自動車を普及させる、などの新しいサービス・モデルを生み出そうという意欲が旺盛であるように思います。

——同じ自動車メーカーでも、ビジネス・モデルに対する考え方が違っているということですね。

掲載日:2008年7月28日

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