
Tab navigation
- はじめに
- 未来の交通社会をシミュレーション
- 日本の専門家に聞く- selected tab,
意思決定過程をモデル化したシミュレーションとは
少子高齢化時代の都市の交通計画は? 自動車の排出するCO2に対処する環境施策は? こうした社会政策の評価のためには、社会シミュレーションが多いに役立ちます。道を走る車には運転者がいます。そして運転者は意思を持ち、さまざまな外的要因により行動を変えていきます。そうした意思を持つ運転者の行動パターンを考慮して、かつ数百万もの大規模なシミュレーションを行うシステムを京都大学と日本IBMの東京基礎研究所で開発しました。未来の交通社会をシミュレートする試みを京都大学大学院情報学研究科 石田 亨教授と日本IBM 東京基礎研究所 加藤 整研究員にお聞きしました。

京都大学大学院 情報学研究科
社会情報学専攻
教授・工学博士 石田 亨
——今回、日本IBMと共同で行った大規模交通シミュレーション・システムの概要を教えていただけますか?
石田 私の専門分野はマルチエージェント・システムで、新しい社会システムを創造するための社会シミュレーションの在り方を研究しています。
これまでのシミュレーション技術というのは、どちらかというと自然現象を理解、解明するためのものでした。天気予報とか化学反応を調べる、そうした目的が多かったのですが、今回われわれが行ったシミュレーションは、人間をモデル化して、そのたくさんの人がどんなふうに振る舞うのかをシミュレーションしています。そこがこれまでのシミュレーションとは大きく違います。
——人間の行動をモデル化するとは具体的にどのようことでしょうか?
石田 人間の行動の意思決定というのは、いくつかのレイヤーに分けて考えることができます。一つは、刺激反応レイヤーです。例えば、われわれが高速道路で運転をしているとします。道に何かが落ちていた場合、当然落下物をよけるという行動をとります。この意思決定は、刺激を受けてそれに反応するというタイプの行動になります。
一方、金曜日の夜に帰宅する前に、ちょっとショッピングして帰ろうという意思決定は、プランニング・レイヤーと言いまして、もう少し長期の時間をかけて計画されるものだといわれています。ですから一口に人間の意思決定と言いましてもいくつかの種類があって、それにあわせたモデリング、あるいはシミュレーションの技術が必要になってきます。

日本IBM 東京基礎研究所
ビジネス・サービス・リサーチ
研究員・博士(数理科学) 加藤 整
——どのようなアプローチで交通問題に取り組まれたのでしょうか?
加藤 交通への取り組みにはいくつかのアプローチがあると考えています。第1のアプローチは、交通工学的なアプローチで、道路交通に関する膨大な成果が蓄積され、体系化されています。第2のアプローチは、数理科学的なアプローチです。自動車や、生物などは自らの意思で任意の方向に移動できるのが特徴であり、交通流や魚群、鳥の群れなどはニュートンの運動法則を満たしません。このような自己駆動粒子系の研究は10年程前から盛んになり日本の研究者を含め多くの実りある研究成果を残しています。私のバックグランドは非線形動力学であり、このアプローチには大変興味があります。そして第3のアプローチが社会シミュレーションによるアプローチです。このアプローチでは、人間をエージェントとしてモデル化し、さまざまなエージェント同士の相互作用から生じる創発により社会が形成されると考えます。このアプローチの特徴は、人間社会を素直に表現しやすいことであり、われわれはこのアプローチにより交通問題に取り組みました。
——今回のシミュレーション技術は、これまでのものとどう違うのでしょう?
加藤 今回開発したものは、その場の状況に応じた行動を取り込むことが可能な表現力豊かな運転行動モデルに基づき、かつ都市やそれを囲む地域を含む大規模なシミュレーションを行うための基盤技術です。日本IBMの東京基礎研究所は、このシミュレーションの実行基盤となる大規模マルチエージェント・シミュレーション環境を開発しました。エージェントとは、社会の個々の活動主体であり、シミュレーションを行う際には、これらを自律的なオブジェクトに対応させて実装を行います。エージェントには人間の意思、行動パターンを保持させており、与えられたシナリオや要因によってさまざまな動きをします。こうしたエージェントを計算機あたり、数十万から数百万扱うことを可能にしました。
——それを可能にした技術はどのようなものでしょうか?
加藤 3つあります。1つ目は、Webサーバー上で大量トランザクション処理を行う技術をエージェント・シミュレーションに転用したことによるものです。2つ目は複数の計算機を利用したクラスター環境でエージェント・シミュレーションを実行できるようにしたことです。これによりスケーラブルな処理が可能になりました。3つ目は効率の良い実行環境として性能をチューニングし、計算機一台当たりの性能を向上したことです。これらにより、大量のエージェントを同時に処理することが可能になりました。
——実際に京都市の交通シミュレーションを行ったそうですね?
加藤 IBM東京基礎研究所は、「Research That Matters」を目標のひとつに掲げており、社会にとって意味のある基礎研究を進めております。そういった観点からわれわれは、地域へ貢献することを念頭に、2007年10月に京都市が実施した社会実験時の交通シミュレーションを実施しました。その際の交通状況をシミュレートしたところ、実際の測定値と交通シミュレーションの結果にそれほど乖離がないことが分かりました。また、交通シミュレーションを用いることにより、通常の交通量調査では測定困難な車両密度、旅行時間、CO2排出量といった評価指標の値を推定することも可能になりました。

インタビューアー:
日本IBM 広報 栗原進
——数十万、数百万の人間の行動パターンを作成するのは大変ではないですか?
石田 災害時などパニック状況下にある人間の行動をパターン化するのは大変難しいのですが、交通シミュレーションでは、交通ルールがあり、人間の行動パターンをある程度モデル化することができます。大規模シミュレーションを最初に交通で実践しようとしたのは、そこには一定の規則があるからで、ある程度のデータがそろえば、それを実際の人口比や行楽シーズンの統計データなどから数万、数十万規模に増やすことができます。毎日運転する若い男性、週末のみ運転する初心者の女性、郊外に住む高齢者の男性など何種類かのモデルに分類できるようになるでしょう。
——今回、日本IBMをパートナーに選んだ理由は何ですか?
石田 大規模なマルチエージェントのシミュレーションを実施しようとすると大きく二つの技術が必要となります。一つは、人間をモデル化して個々のエージェントを作ることです。これは京都大学が長い間研究してきました。
もう一つは、モデル化したたくさんのエージェントを数百万規模でシミュレーションするようなサーバー、これをエージェント・サーバーと呼んでいますが、それが必要になります。IBMの東京基礎研究所では、随分長い間、このエージェント・サーバーや大規模シミュレーションの研究をされていて、国際会議でも多数発表されていて有名だったんですね。私どもは、IBMさんと一緒にやると二つの技術が組み合わせることができ、エージェントをモデル化して、大規模にシミュレーションすることができるのではないかと考えました。これはひょっとすると面白い研究が始まるんじゃないかと思って、IBMにお願いをしたのが背景です。
——この技術は今後どのように応用されていかれますか?
石田 これからの日本は高齢化していくというのは、皆さんよくご存じのことと思います。しかし、高齢化した社会でどういう交通行動が生じるのかは実はよく分かっていません。例えば、お年寄りがたくさん運転すると高速道路に大渋滞が発生するかもしれません。発生しないかもしれません。発生するとしたらどういう対策を取ればいいのかも分かっていません。また、少子高齢化になりますと都市の形も変わっていくでしょう。コンパクト・シティーという言葉もあり、もう一度生活が都市の中心に回帰していくだろうとも言われています。そうした複雑な将来の予測、交通行動の予測におそらくこの交通シミュレーションは、大いに利用できると考えます。
同時に環境問題が大きな問題としてクローズアップされています。このシミュレーターを利用すると、CO2の排出量や、それをどのような政策を立てるとどの程度削減できるかなど、きめ細かなシミュレーションが可能になります。
少子高齢化、環境問題の等の解決に少しでも役に立っていくのではないかと期待しています。
紹介
石田 亨
京都大学大学院 情報学研究科 社会情報学専攻
教授・工学博士
(2008年6月現在)
1976年京都大学工学部情報工学科卒業。78年同大学院修士課程修了。同年日本電信電話公社電気通信研究所入所。横須賀研究所においてソフトウェア工学、知識処理などの研究開発に従事する。1993年に京都大学工学部情報工学科教授。現在、京都大学大学院情報学研究科社会情報学専攻教授 工学博士 IEEE Fellow 情報処理学会フェロー。人工知能、コミュニケーション、社会情報システムが関心分野。
加藤 整
日本IBM 東京基礎研究所
ビジネス・サービス・リサーチ 研究員・博士(数理科学)
(2008年6月現在)
1997年東京大学工学部航空宇宙工学科卒業。1999年同大学院工学系研究科航空宇宙工学専攻修士課程、2002年同大学院数理科学研究科数理科学専攻博士課程修了。 2002年より日本アイ・ビー・エム株式会社 東京基礎研究所勤務。エージェントベース・シミュレーション、リスク解析、システム管理の研究にあたる。情報処理学会 数理モデル化と問題解決 協力委員。日本シミュレーション学会 編集委員。社会シミュレーション、交通流の数理、非線形力学に興味を持つ。
編集後記
人間の意思や行動パターンをモデル化したシミュレーションは、これまで以上に実際の事象に近い結果が得られます。今回ご紹介した大規模交通シミュレーションは、これから確実に来る少子高齢化社会における交通インフラや環境問題に対する施策の策定に必ずや役立つことでしょう。多くの自治体において活用できるのではないかと考えます。 (日本IBM 広報 栗原進)
プロフィール=1992年 日本IBM入社。システムズ・エンジニアとして都市銀行、信託銀行、保険のお客様のシステムを担当。2000年6月より現職、現在イントラネットの運用およびニューメディア・コミュニケーションを推進。
情報ボックス
掲載日:2008年6月10日
IBM,IBMロゴは、International Business Machines Corporationの米国およびその他の国における商標。
Adobeは、Adobe Systems Incorporatedの米国およびその他の国における登録商標または商標。
他の会社名、製品名およびサービス名等はそれぞれ各社の商標。
