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研究開発部門責任者が語る、エンジニアはイノベーションを意識した研究開発を
イノベーションを起こすには、新しい技術が必要となります。しかし、新しい技術があれば、必ずイノベーションを実現できるわけではありません。エンジニアにはイノベーションを意識した研究開発が求められています。
IBMでは21世紀になって、イノベーションの将来を予測する2つのレポート「Global Innovation Outlook(GIO)」と「Next 5 in 5」の公表を始めました。これらのイノベーションを実現するために、日本IBMでも1985年に開設した大和研究所(現・大和事業所 神奈川県)を中心に研究開発に取り組んでいます。
「Next 5 in 5」インタビューの第1回は、日本IBMの開発製造担当執行役員の坂上好功さんが登場します。研究開発部門の責任者の立場から、イノベーションを起こす技術開発のあり方や、いま力を入れている技術分野について話を聞きました。

日本IBM 開発製造担当執行役員
坂上好功
——IBMはイノベーションの将来展望として「Next 5 in 5」と「GIO」の2つのレポートを公表しています。研究開発部門から見て、レポートが果たす役割は何でしょうか?
坂上 Next 5 in 5は、全世界で起こるであろう普遍的なテーマに焦点を当てているGIOと比較すると、近い将来に身近な生活の中で起こると思われるイノベーションを取り上げています。内容的には、誰もが予想できるようなイノベーションかもしれませんが、研究開発部門にとってイノベーションの将来を展望するプロセスが重要だと考えています。 新しい発想を新しい機能として製品に取り入れることが研究開発部門の重要な役割ですが、普段エンジニアたちは専門分野の狭い世界に閉じこもりがちなところがあります。Next 5 in 5のようなイノベーションを起こすには「何をすればよいのか」という、普段とは異なる視点で考えることが、今後研究開発部門にとって大切なプロセスになってきます。自分が取り組んでいる研究開発の位置づけも分かりますし、イノベーションを起こすには他に何が必要になるかも見えてきます。
——イノベーションを考えることで、エンジニアの意識にも変化はありますか?
坂上 確かに変わりつつあります。かつてIBMはコンピューターのハードウェアを製造する会社で、ソフトウェアはおまけみたいだった時代がありました。エンジニアの興味の中心も、ハードの処理速度や性能の向上といったシンプルな世界でした。実はコンピューターの技術動向は、技術進化の方向性を示すいくつかの法則があり、これまではほぼ既定路線に沿って技術が発達してきました。多くのエンジニアもいかにハードの性能を向上させるかに力を注いできましたが、今は処理速度が速いだけではなく、いかにお客様の問題を解決するか、イノベーションを起こすかが重要になっています。ハードの性能アップの物理的な限界が見え始めてきたこともあり、「イノベーションありき」でそれに必要な技術が何かを考えるという逆の発想が重要になっています。もちろん、画期的な技術の可能性の追求とそれによるイノベーションの実現も同じように重要です。
——発想の転換と同時に、研究開発部門の体制や組織にも変化はありますか?
坂上 組織や体制も過渡期に入っていると思います。イノベーションを起こすためにはアンテナを広く張る必要がありますし、日本だけでなくグローバルな視点も重要になります。これまでの研究開発は何十人ものエンジニアを一か所に集めて仕事を行うことがほとんどでしたが、今後は世界中から最適な人材を集めてプロジェクトを立ち上げることも簡単にできるようになります。IBMでは「グローバリー・インテグレーテッド・エンタープライズ(GIE)」と名付けていますが、それを実現するための環境として、グループウェアやコミュニケーション・ツールが必要になりますし、新たなイノベーションが起こるかもしれません。仕事のやり方もダイナミックに変わりつつあります。

日本IBM 開発製造担当執行役員
坂上好功
——お客様との関係にも変化はありますか?
坂上 IBMは、まずイノベーションを念頭において、それに必要な製品、技術、人材をそろえて、イノベーションを起こす企業へと変わってきています。お客様の中にはハード主体でコンピューターを売っている昔のイメージを持っている方もいらっしゃるでしょうから、IBMがお客様の成功に貢献すること、イノベーションを起こすことに力を入れていることを伝えていく必要があります。そのためにも、IBMがどのようなイノベーションを考えているのかを示すことが重要で、お客様とのコラボレーションで新たなイノベーションが生まれることが期待できます。
——Next 5 in 5では5つのイノベーションが示されていますが、日本IBMとして注目しているものはありますか?
坂上 今回のNext 5 in 5で取り上げている5つは、いずれも日本にとって重要なものばかりで、実にタイムリーな内容でした。個人レベルでのCO2削減は、京都議定書の約束期限を迎え、目標達成に向けて家庭部門の削減が大きな課題となっているときですから、日本がまさに直面している課題です。交通システムも、飛行機のような管制システムを自動車や電車やバスなどでも導入できるようになって、最適化も可能になるでしょう。食品のトレーサビリティー・システムは、昨年から大きな社会問題になっている食の安全問題に関わるテーマです。また、日本の携帯電話が技術的に優れていることは世界的に知られていて、おサイフケータイの実情を欧米のクレジット会社が視察に来るほどです。そして医療分野もこれからの高齢化社会を考えれば、IT化によってコストを抑えつつ、高度化を図っていくシナリオが必要でしょう。どれも日本にとっては重要な課題だと思います。
——それらを実現していくために、日本IBMの研究開発部門としてはどのような取り組みを進めていく考えですか?
坂上 研究開発部門は、イノベーションを起こしてもらうための新しいシステムやインフラを提供することに注力しています。道路交通にも管制システムを取り入れたり、食品のトレーサビリティー・システムを導入したりすれば、データ量はけた外れに増えるので、それらをどのように収納するのかという問題が出てきます。量も多く種類もバラバラなデータを、収納、整理して効率的に取り出すための仕組みとしてIBMが提供しているのがIOD(インフォメーション・オンデマンド)です。研究開発部門としても、特に力を入れている研究テーマで、データを効率的に整理するために、テキスト・データの意味を解釈してメタ・データを添付して収納する研究を続けています。
データ量が増えれば、コンピューターの処理能力も向上させなければなりません。これまでのコンピューターは、「3年で処理能力が2倍になる」という法則に沿って技術革新が進んできました。しかし、シリコン半導体の物理的な限界も見えてきて、単にプロセッサーの速度を上げるのではなく、プロセッサーをたくさん集めて処理速度を上げるという考え方が必要になっています。IBMでは、すでにCellやBlue Gene®といった技術を開発しており、これらを応用して、例えば医療分野でX線写真を使って病巣を見つけるための画像処理を短時間に行えることを実証しています。コンピューターも「何でもできます」というのではなく、「一芸に秀でた」コンピューターが求められるようになると予想しています。

インタビューアー:
経済ジャーナリスト 千葉利宏
ただ、研究開発部門の中で閉じた活動を続けていくだけでは、お客様に対してインパクトを与えることはできないでしょうし、世界で20以上の研究所を抱えるIBM内部でも存在感を示すこともできません。実現するのは大変で、リスクが大きくても、インパクトのあるイノベーションに挑戦することが必要だと思っています。一人では難しくても、みんなが集まって知恵を出し合い、得意分野を上手く組み合わせて、リスクを分散するといったやり方が必要になりますし、場合によっては国を巻き込む必要があるかもしれません。研究開発部門としても、今年の目標として"協業"を掲げました。これからは研究所のエンジニアも、外に出てお客様を知る、業界を知る、Next 5 in 5やGIO以外に世の中でどのようなイノベーションが語られているかを知る、そうして視野を広げたうえで、協業によって新しいプロジェクトを立ち上げるという試みにも挑戦したいと考えています。
編集後記
5年前の2003年を思い起こせば、インターネット・ブロードバンド網の普及が本格化し、ブログ・サービスが始まったばかりで、おサイフケータイはまだ登場していませんでした。今後5年で「Next 5 in 5」のようなイノベーションがどこまで実現するかが楽しみです。(経済ジャーナリスト 千葉利宏)
プロフィール=1958年生まれ、札幌市出身。日本工業新聞(現・フジサンケイビジネスアイ)入社、IT、金融、自動車、建設・住宅・不動産分野を取材。2001年からフリーランスとして活動中。
紹介
坂上 好功
日本アイ・ビー・エム株式会社 執行役員 開発製造担当
(2008年4月現在)
1983年に日本アイ・ビー・エム株式会社に入社。ジャパン・サイエンス・インスティチュート(現在の東京基礎研究所)に所属し、約9年間をメモリーの開発やASICの設計など半導体の研究・開発に従事。 大和システム開発研究所所長(2004年)、執行役員就任(2006年)を経て、2007年4月から開発製造担当としてYamato Laboratoryを率いる。
2004年には「ストレージ・サブシステム・コントローラーのアーキテクチャー設計と開発」の分野でDistinguished Engineer (DE)に任命され、ハードウェアの研究・開発の第一人者でもある。
情報ボックス
掲載日:2008年4月28日
IBM,IBMロゴ, Blue Gene, Global Innovation Outlookは、International Business Machines Corporationの米国およびその他の国における商標。
Adobeは、Adobe Systems Incorporatedの米国およびその他の国における登録商標または商標。
他の会社名、製品名およびサービス名等はそれぞれ各社の商標。
