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企業が求める人材像が教育現場に伝わっていないという現状
高校・大学卒業生の8割は、企業に就職してビジネスの世界で活躍します。その企業が今、どのような人材を求めているかをご存じでしょうか?
「教育の現場に、企業の考え方が伝わっていないことに危機感を感じました」—日本IBMの北城恪太郎最高顧問は、経済同友会の教育委員会長に任命されたことをきっかけに教育問題に取り組むようになりました。
「もっと大人たちが、教育に参加して、学ぶことの大切さを教えるべきではないでしょうか?」と語る北城さん自身、教育現場に出向いて多くの教育者や学生たちに、「仕事」について語りかけています。
日本の教育には何が必要なのでしょうか?企業の視点から、教育改革の必要性について話を聞きました。

北城恪太郎最高顧問
——日本でも教育問題についてさまざまな議論が噴出しています。
北城 世界中の多くの国が、イノベーションによって自国を発展させようとしています。例えば、米国では2004年末に報告書「イノベート・アメリカ(Innovate America)」を公表しましたし、欧州やアジアの政治家や企業経営者に聞いてもイノベーションに力を入れています。イノベーションすなわち変革とは、過去の延長線上ではない新しい機軸によって価値を作り出すこと。そのためには人材が重要であり、人材を育てるための教育に力を入れるというのが世界各国の考え方です。
——そう考えて、ゆとり教育が導入されたわけですが…。
北城 文部科学省や経済産業省が知識だけでなく「生きる力」が大切と言ったのは大事なことですが、どのような人材を育てたいのかという視点が必要だったと思います。昨年12月に改正された教育基本法では、教育の目標について50年先、100年先の理想は書かれていますが、5年、10年後のことは分かりにくい。イノベーションで日本を支えるとの観点でどのような教育が必要なのか、科学技術だけでなく福祉や医療制度、行政のあり方を変革することもイノベーションであり、そのためにあるべき人材像とは何かを語っていくべきだと思います。
——小中高、つまり初等・中等教育での課題は何だと思いますか?
北城 「生きる力」を育てようと総合学習の時間も設けられましたが、大学受験で要求される資質と大きな違いが残ったままでした。とくに有名大学における偏差値重視は変わっておらず、知識詰め込み型で、与えられた問題を早く的確に解く力が求められるという状況が続いています。一方、企業はイノベーションを起こせる人材を求めています。自ら課題を見つけ、解決策を考えることができる。さらに実行力があり、達成する熱意と意欲に溢れ、異なる考えの人間ともコミュニケーションを取りながら働くことができる。そのような人材でなければ、リーダーシップは取れないし、イノベーションも起こせないでしょう。そうした資質は試験の点数では分からないので、企業では大卒者の採用において面接の結果を最も重要視しています。有名大学かどうかや、大学での成績を重視して採用している企業は少数です。つまり実社会が求める人材と、大学に入学する選抜の仕組みとの間に大きな乖離があり、それが日本の初等・中等教育の歪みをもたらす原因になっていると思います。

インタビューアー:
経済ジャーナリスト
千葉利宏——今年4月に小学6年と中学3年を対象に全国学力テストが実施されました。
北城 学力テストでその年の全国水準を調べるという点では意義のあることですが、重要なのは子供一人一人の成長をどうとらえていくかでしょう。これまでの教育改革は実績に対する評価も検証されずに、対策が議論されてきたという感じがします。まずは育てるべき人材の理想像を掲げる。そのうえで子供一人一人に対して、どのような教え方によって、学力がどのように推移したのかをデータとして把握したうえで改善策を講じる。企業であれば、どこでも行っていることです。
——大学での高等教育については、どう考えていますか?
北城 日本の大学は研究機関としてはそれなりの成果を出し、研究に対する評価システムも確立されていると思います。しかし、大学に求められている「研究」「教育」「社会貢献」の3つの要素のうち、教育については多くの大学で先生の評価の対象外となっており、処遇にも反映されない状況にあります。大学の入試制度も一部でAO入試が導入されたりしていますが、もっと大きく変えていくべきでしょう。
改革を進めていくには、学長や学部長などリーダーの役割が重要ですが、十分な権限が与えられているとはいえません。とくに人事と予算の権限が十分にない中でリーダーシップを発揮することは難しく、改革を進めようとしても教授会の反対があれば止まってしまいます。そういう観点から、大学におけるガバナンス(統治)をどう変えていくかが重要になっています。
——外資系企業の立場から英語教育の問題についてはいかがですか?
北城 グローバル化が進む中で、国際的に活躍できる人材を育てるためには語学力の向上が必要です。日本の英語教育は、読んだり、書いたりはできても、コミュニケーション手段としては十分ではありません。私自身、中国、インド、東南アジア、オーストラリアなどIBMのアジア地域を統括していたことがありますが、語学力では中国の社員の方が優秀だと感じました。英語教育は、ビジネスの手段としても、日本人が世界に大きく貢献していく上でも重要です。まだ国語力が備わっていない時期から英語を始めることに批判的な意見もありますが、柔軟な小学校の時期から始めた方が良いと思っています。米国では、英語を母国語としない人の英語学習法が大学院などで研究されています。英文学を専攻し教職課程を取って英語教師になるというのではなく、英語を教えるための専門的な訓練を受けた人が英語の先生になるべきだと思いますね。

北城恪太郎最高顧問——学校教育と企業が求める人材とのミスマッチはどうして起こっているのでしょうか?
北城 高校、大学を卒業すると、社会で働くことになりますが、うち8割は企業に就職し、自営業で働くのは1割。学校の先生や公務員、野球やサッカーといったスポーツ、音楽など芸術の分野に進む方もいますが、大半はビジネスの世界で働くことになります。日本が世界に追いつき追い越せの時代から、世界の先進国となった今、企業が求めているのはイノベーションを起こせる人材です。すなわち、自ら課題を見つけ出す能力、論理的思考力、課題解決力、創造性、行動力、熱意、コミュニケーション能力などを持った人材を求めています。こうした資質をもった人材を採用するために、多くの企業は面接結果を重視しており、大学の名前を重視する企業は、ほとんどありません。こうした変化が教育の分野に正しく伝わっていないように思います。
もちろん基礎学力は不可欠ですが、どんな分野で活躍するにしても、日本の文化・歴史は知っておいて欲しいですね。日本の近代史を理解していることが相手の国を理解するうえでも重要です。基礎学力に加えて「教養」を学んでほしいと思います。倫理、哲学、文学、歴史などを学ぶことで、「何が正しいことか」を判断できる価値観を学生時代に身に付けることは非常に大切です。最近の企業不祥事を見ても、企業リーダーの倫理観が問われる問題が起きているわけで、高い倫理観をもった人材を育てなければなりません。
——どのように教育現場に伝えていけばよいのでしょうか?
北城 1999年に経済同友会の教育委員会の委員長に就任したあと、経済界からの教育に関する提言がどのように生かされているかを確かめようと現場に出てみたところ、学校で教育しようとしている人材と、企業が求めている人材にズレがあると思ったのが、教育問題に取り組むきっかけでした。その後、経済同友会では毎年100人以上の経営者が学校に出向いて話をするようになりましたが、もっと企業経営者は学校や保護者に企業の変化を伝えなければならないでしょう。
さらに多くの大人たちが教育の場に参加して子供たちに働く意義を教えるべきだと思います。日本も豊かな国になって、かつてのようにハングリー精神を学習の動機付けにするのは難しくなってしまいました。そうした中で、大人たちが子供たちに対して、何のために学ぶのか、人生において仕事とはどんな意味があるのか、働くことの達成感とは何かを教え、自ら学ぶ動機付けをする必要があると思います。
——Ideas from IBMでは数学の重要性を強調していますが、日本の学生に理工系の学問を学ぶ動機付けをするのが難しくなっているように思います。
北城 日本では理工系大学の卒業生は毎年6万~7万人で、うち情報系は2万人程度です。一方、中国やインドでは毎年、理工系の卒業生は50万人から80万人に達するといわれています。もちろん日本は中国やインドとは人口も違いますが、日本の強みは製造業を中心とした「ものづくり」にあるわけですから、理工系の卒業生が少ないのは残念なことです。ものづくりを支えるエンジニアの仕事が魅力的になることは日本の将来にとって必要なことです。理科や数学の面白さを伝え、実社会でどう役立つかが分かれば、もう少し理工系の学問に興味を持ってくれると思います。
【北城恪太郎に聞く 編集後記】
過去にも松下電器産業創業者の松下幸之助氏や、ソニー創業者の井深大氏など多くの著名な企業人が教育問題に取り組んできました。企業が求める教育は、ビジネスの即戦力として役立つものとイメージがありますが、「教養を身につけて欲しい」と語った北城さんの言葉を教育関係者は強く心に刻むべきではないでしょうか。
(経済ジャーナリスト 千葉利宏)
プロフィール=1958年生まれ、札幌市出身。日本工業新聞(現・フジサンケイビジネスアイ)入社、IT、金融、自動車、建設・住宅・不動産分野を取材。2001年からフリーランスとして活動中。

北城 恪太郎
経済同友会 終身幹事
日本アイ・ビー・エム株式会社 最高顧問
(2007年12月現在)
1967年に日本アイ・ビー・エム株式会社に入社後、社長、会長、IBMアジア・パシフィックの責任者を歴任し、2003年4月から2007年4月までは経済同友会代表幹事を勤める。
経済同友会代表幹事時代より教育問題に熱心に取り組み、これからの社会で求められる人材とは何かを企業経営者自身が教育現場に積極的に伝えるべきと説き、自らも学校に出向いて数々の講演活動を続けている。
- 著書
「経営者、15歳に仕事を教える」
情報ボックス
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