ご参考資料

2001年12月20日

IBM、試験管内の量子コンピューター実験に成功
−因数分解の「ショアのアルゴリズム」を世界で初めてデモンストレーション−

[米国カリフォルニア州サンノゼ 2001年12月19日(現地時間)発]
IBM(R)(本社・米国ニューヨーク州アーモンク、会長・ルイス・V・ガースナー)は20日(現地時 間)、同社のアルマデン研究所が、世界で最も複雑な量子コンピューターの計算に成功したことを発表しました。

本日の発表は、専用に設計された非常に多数の分子を試験管内で7キュービット(qubit)の量子コンピューターとして動作させることで、現在利用されている多くのデー タ・セキュリティー暗号化システムの中で重要な役割を占める数学的な問題の単純な場合についての解を求めたというものです。

量子コンピューターは、原子または原子核の持つ量子論的性質を利用することで動作するものです。その性質によって原子や原子核を量子ビット、すなわちキュービットとして動 作させ、コンピューターのプロセッサーとメモリーとしての機能を実現させます。

量子コンピューターのキュービットが、外部環境の影響を受けないようにした状態で、キュービット間が相互作用するようにさせると、因数分解などのような特定の種類の計算に ついて、計算速度が従来型コンピューターと比較して指数関数的に増大します。

大きな整数を素因数分解する場合、従来型コンピューターでは、整数が1桁(1ビット)大きくなるごとに因数を分解する計算時間は約2倍となります。それに対して量子コン ピューターでは、計算時間は数が1桁大きくなるごとに一定の時間が加算されるだけです。

量子コンピューターで実行される「ショアのアルゴリズム(Shor's Algorithm)」を示すのにもっとも簡単で意義があるとされるのは15の因数を求めることで す。そのためには7キュービットの量子コンピューターが必要とされています。 このアルゴリズムは、1994年にAT&Tの科学者であるピーター・ショア (Peter Shor)が未来型量子コンピューターを使用して因数(互いに掛け合わせると元の数が得られる数)を計算するために開発した方法です。

従来型のコンピューターでは、巨大な数の因数分解の検証は容易であるのに対し、実際に因数を求める処理には天文学的な時間がかかり実際に解を得ることは困難であるので、多 くの暗号技術でデータを保護するために使用されています。

IBMは、5つのフッ素原子と2つの炭素原子から、7つの核スピンを持つ新しい分子を合成し、高周波パルスによってプログラム可能なキュービットとして機能させることに成 功しました。このキュービットの内容は病院や化学実験室で一般に使用されている核磁気共鳴(NMR)機器と類似した機器で検出できます。

IBMの科学者は、このような10の18乗個(=100京)の分子を試験管内で制御し、ショアのアルゴリズムを実行して、整数15の因子が「3」と「5」であることを正し く確認しました。

■Nabil Amer(IBMリサーチ 情報物理グループ・マネージャー兼ストラテジスト)のコメント
「これは当たり前の答えに思えるかもしれませんが、計算時にに7つのスピンに対して必要となった前例のない制御によって、今までで最も複雑な量子計算を行うことができたの です」

「この結果は、最も強力なスーパーコンピューターで数百万年計算しても複雑すぎて答えが得られないような問題が、いつか量子コンピューターを使用して解けるようになるとい う実感をより強めるものです」

■Isaac Chuang(マサチーセッツ工科大学(MIT)助教授、本研究チーム・リーダー)
「これで、量子コンピューターによる計算を技術的に現実のものにするという課題に挑戦しようという機運が生まれます。この計算をもっと大きいスケール、たとえば非常に大き い数の因数分解で必要となるような何千ものキュービット数で行うことができるようになったとすれば、暗号化の方法に根本的な変更が必要になるでしょう」

「私たちのNMRによる実験を通じて、未来の量子コンピューターの多くでも使用できる基本的なツールの開発を加速させました。これらの結果で最も重要だったのは、「デコ ヒーレンス」、つまり、意図されていない量子状態の変化によって引き起こされる信号出力の低下をシミュレーションにより予測する方法でした。この方法によって、私たちは 7キュービットの実験でデコヒーレンスによるエラーを最小限に抑えることができました」

量子コンピューターの可能性は莫大です。近年、この分野は急速に進展しつつありますが、商用的な量子コンピューターが実現するまでには、まだ多くの年月が必要です。 NMRベースの量子コンピューターは実験室段階です。しかし、実用化された場合の量子コンピューターの初期の用途としては、数学における複雑な問題、量子システムのモデル 化、整理されていないデータにおける検索などの特別な作業を行うコプロセッサー用などが考えられます。文書処理をはじめとした単純な問題の解決には、従来型のコンピュー ターで処理する方が簡単です。

IBMによるショアのアルゴリズムのデモンストレーションは、NMRを使用する量子コンピューター実験の価値を示すものです。このアプローチは、1990年代半ばに、 MITのChuang氏とNeil Gershenfeld氏のチームと、同じMITのDavid Cory氏と同僚が別々に進めてきたものです。

今後もNMRは量子コンピューターのツールとテクニックを開発するための試験台となりますが、7キュービットを超える分子を開発して合成することは非常に困難です。このた め、IBMなどが行う新しい実験では、実際に応用する際に必要となる大きいキュービット数に現在よりも容易に「拡張」できる新しい量子コンピューティングを実行する物理シ ステムの開発が目標となります。現時点における有力候補としては、半導体のナノ構造に限定した電子スピン(量子ドット)や半導体内の単一原子の不純物に結び付けられた核ス ピン、超伝導体を通過する電束または磁束などがあげられます。原子的および光学的な方法も、引き続き評価が行われなければなりません。

本日の発表は米科学雑誌『Nature』12月20日発行号で、「IBMの科学者とスタンフォード大学院生のチームによる「ショアのアルゴリズム」の初のデモンストレー ション」のレポートとして掲載されたものです。

Natureのレポートは、Chuangの他にIBMアルマデンのGregory Breyta、Mark Sherwood、Costantino Yannoniとス タンフォード大学院生のLieven M.K.VandersypenおよびMatthias Steffenによって共同執筆されました。

以上

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<量子コンピューターの歴史>

カリフォルニア州パサデナにあるカリフォルニア工科大学の故リチャード・ファインマンやイリノイ州アルゴンヌ国立研究所のPaul Benioff、英国のオックスフォー ド大学のDavid Deutsch、ニューヨーク州ヨークタウン・ハイツにあるIBMのT・J・ワトソン研究所のCharles Bennettなどの理論家によって 1970年代および1980年代に量子コンピューターが提唱されたときに、多くの科学者はその実現を疑問視しました。しかし、AT&Tリサーチのピーター・ショー が1994年に、従来のコンピューターよりも指数関数的に速く、多くの公開鍵暗号システムのセキュリティーを打ち破ることができるほど高速に動作する、大きい数を因数分解 するための特別な量子アルゴリズムを発表しました。ショアのアルゴリズムの可能性は多くの科学者を活気づけ、量子コンピューターの可能性を現実のものにするための作業が開 始されました。この数年で、世界中の多数の研究グループによって著しい進歩が得られています。

IBMでは、Chuangが世界で量子コンピューターを実験する科学者として一流であるという評判をさらに高めました。Chuangは1998年に、カリフォルニア大学 バークレー校において世界で初めて2キュービットの量子コンピューターのデモンストレーションを行ったチームのリーダーでした。IBMのアルマデン研究所では、 Chuangとその同僚は、重要な量子コンピューターのアルゴリズムのデモンストレーションを初めて行いました。具体的には、1999年に3キュービットの量子コンピュー ターでGroverのデータベース検索アルゴリズム、2000年8月には5キュービットの量子コンピューターで順序の発見(order finding)というアルゴリズ ムを実証したのです。20日に発表されたショーのアルゴリズムを使用する因数分解は、今までに量子コンピューターによって行われたものの中で最も複雑なアルゴリズムです。

野心的な実験プログラムの他にも、IBMリサーチは量子情報という新しい分野に対する多くの理論的な貢献で注目されています。IBMの科学者は、量子暗号学、(量子テレ ポーテーションの概念を含む)量子通信、効率的なエラー訂正方法を先駆けて開発しました。IBMのワトソン研究所の研究員であるDavid DiVincenzoは、 1) 十分な数のキュービットを持つスケーラブルな物理システム、2) キュービットの状態を初期化できること、3) 量子ゲートの動作時間よりはるかに長いデコヒーレン ス時間、4) 量子ゲートの自在な設定、5) 特定の量子ビットを測定できること、という実用的な量子コンピューターに必要な5つの条件を発表しています。