プレスリリース

IBM、新しいメモリー実現に前進

2008年4月11日

IBM、新しいメモリー実現に前進

高性能、大容量、低コスト、低消費電力を実現する
racetrackと呼ばれる新しいメモリー技術で成果


[米国カリフォルニア州サンノゼ 2008年4月10日(現地時間)発]

IBM(本社:米国ニューヨーク州アーモンク、会長:サミュエル・J・パルミサーノ、NYSE:IBM)の科学者たちにより、フラッシュ・メモリーの特性である高性能と信頼性、ハードディスク・ドライブの特性である低コストと大容量、その両方を合わせ持つコンピューター・メモリーが予想より早く実現できるかもしれません。

IBMフェローのスチュアート・パーキン(Stuart Parkin)博士をリーダーとするIBMアルマデン研究所(米国カリフォルニア州サンノゼ)の研究チームは、「racetrack(レーストラック)」と呼ばれるメモリー技術の原理と成果について、サイエンス誌4月11日号で、2つの研究論文を発表しました。この成果により、一瞬で起動し、これまでにない安定性・耐久性を持ち、コストを大幅に引き下げながら、現在記録可能な容量のスペースにはるかに多くのデータを格納できる新しい電子デバイスの実現が可能となり得ます。

この新しいメモリーは、ワイヤーを競技用トラック(track)と見立て、その上をデータが駆け巡る(race)ことから、racetrackメモリーと名付けられました。このracetrackメモリーによって、今後10年以内に現在よりもはるかに大量のデータを格納することが可能で、かつ、可動部品がないために優れた耐久性を備えた固体メモリーの実現が期待されます。例えば、このメモリー技術により、MP3プレーヤーなどの携帯用デバイスが、現在の記憶容量の約100倍にあたる約50万曲の音楽もしくは3,500本もの映画を、これまでよりも大幅に低コストかつ低消費電力で格納することが可能となります。この結果、1個の電池で何週間も動作し、何十年も使用できる大容量パーソナル・ストレージが実現するかもしれません。

「およそ20年前に始まったスピントロニクスの研究分野に携わってこれたのは心躍る冒険でした。我々のスピン・バルブ構造の研究に端を発したスピントロニクスは、興味深い物理学と、原子を一層一層制御していく材料工学を組み合わせた研究であり、今も非常に困難ではあっても大変やりがいがあります。Racetrackメモリー技術が実現する機能により、まだ誰も想像したことのないデバイスやアプリケーションを生み出すことが可能になるでしょう。」

IBMはこれまでも、メモリー・チップ、ハードディスク・ドライブ、リレーショナル・データベースをはじめとする画期的なデバイスを、今回のracetrack メモリのような萌芽的な研究を通じて作り出してきました。

現在、デジタル情報は、主に2通りの方法で格納されています。ひとつは、携帯電話、音楽プレーヤー、デジタル・カメラなどのデバイスでよく使用されている、固体ランダムアクセスメモリの代表である、フラッシュメモリーです。もうひとつは、デスクトップコンピュータおよびノートパソコンでよく使用されている磁気ハードディスク・ドライブです。どちらのストレージ・デバイスも急速に発展してきていますが、依然として、ハードディスク・ドライブに1データ・ビットを格納するコストは、フラッシュ・メモリーに格納するコストの約100分の1のままです。低コストのハードディスク・ドライブは非常に魅力的ですが、ハードディスク・ドライブは本来低速で、多くの可動部品があるために固体メモリーにはない機械的な信頼性の問題が存在します。一方で、フラッシュ・メモリーはデータの読み取りは高速ですが、書き込みは低速で、書き込みのたびに少しずつ損傷して最終的には破損するため、寿命に限りがあります。

racetrackメモリーには可動部品がないために機械的に磨耗せず、電子スピン(自転)を用いてデータを格納するため、消耗することなく無限に書き込みを行うことが可能となります。

racetrackとは
科学者たちは50年近くにわたり、磁性材料の磁気領域または「磁区」の境界である磁壁に情報を格納する可能性を探究してきました。これまでは、磁壁の操作には高価かつ複雑な設計が必要で、この操作に必要な磁場を生み出すために大量の電力を必要としました。今回の論文「Current Controlled Magnetic Domain-Wall Nanowire Shift Register(電流駆動による磁壁の制御を用いた磁性体細線シフトレジスタ)」の中で、パーキン博士とそのチームは、スピン偏極電流と磁壁との相互作用の結果生じるスピン移行トルクを利用して、長年にわたるこの問題を克服できると解説しています。この原理を利用すると、余計な磁場発信機を使用せずに済むため、メモリー・デバイスがかなり簡素化されます。

パーキン博士たちはracetrackの原理を説明する総括論文「Magnetic Domain-Wall Racetrack Memory(磁壁racetrackメモリ)」において、シリコン・ウエハー表面に垂直または水平に配列された磁性材料(「レーストラック」)の列に情報を格納するために磁区を用いると説明しています。列内にはレーストラックに沿って、反対方向(上または下など)に磁化された領域を磁壁が線引きします。それぞれの磁区は両端にNとSの磁極を形成し、レーストラック内にはNとSの磁極を持つ磁壁が交互に形成されます。連続する磁壁の間隔(ビット長)は、レーストラックに沿って作成されたピン止めサイトによって制御されます。

また研究チームは、論文において、ニッケル鉄合金(Ni81Fe19)の細線を使用し、適切な長さのナノ秒長のスピン偏極電流パルスを使って、連続的に磁壁の書き込み、シフト、読み出しを行ったと説明しています。磁壁の書き込みとシフトのサイクルタイムは、20~30ナノ秒です。これらの結果は、スピン移行トルクの現象を利用して、間隔の詰まった連続する磁壁を同時に移動させる、磁気シフト・レジスターの基本的な概念を示しています。これは、磁壁に情報を格納するという数十年前のコンセプトに対する全く新しいアプローチです。

斬新な3次元(3D)racetrackメモリー・デバイスの構築により、racetrackは最終的には3Dへと移行していくだろう、と研究者たちは予測しています。この動きは、シリコン・ベースのマイクロ電子デバイスやハードディスク・デバイスで使用されている従来の2次元のトランジスターや磁気ビットからのパラダイム・シフトとなります。racetrackはムーアの法則の小型化に依存しないため、3次元に移行することで、より安価で高速なデバイスを開発するための新しい可能性を開きます。

高速車線のracetrack
パーキン博士のracetrackメモリー技術は、スピン・バルブ、および磁気トンネル接合素子(Magnetic Tunnel Junction:MTJ)、磁気抵抗ランダム・アクセス・メモリー(MRAM)の画期的な進歩など、メモリー・テクノロジーでこれまで同博士が達成してきた実績の上に築かれています。

racetrackには、メタル・スピントロニクス分野の最先端テクノロジーが採用されています。スピン・バルブの読み取りヘッドにより、ハードディスク・ドライブのストレージ容量は過去10年間で1000倍に増大しました。MTJは現在、その大きな読み出し信号によってスピン・バルブに取って代わろうとしています。また、MTJは最新のMRAMの基盤をなすもので、ひとつの強磁性電極の磁気モーメントを使って1データ・ビットを格納します。MRAMは1個のMTJ素子を使って1ビットを格納し、また読み取りを行い、ハードディスク・ドライブは1個のスピン・バルブ、あるいはMTJ素子を使って、最新のドライブでは約100 GBのデータを読み取るのに対し、racetrackは1個の読み取り素子(MTJ)を使って10~100ビットを読み取るものです。

今後重要となってくるのは、スピン偏極電流と磁気モーメントの相互作用の理解を進めることです。パーキン博士は次のように語っています。「この研究が進めば、例えば、磁壁を動かしたり操作したりするのに必要な電流密度を小さくできることが可能になるかもしれません。この結果、racetrackで必要な電力が一段と減少して、さらに低消費電力のデバイスが実現するでしょう。さまざまな材料や構造を探究することで、電流で誘起される磁壁のダイナミクスに対する新たな側面を発見し、以前は想像もつかなかった磁壁ベースのメモリーや論理デバイスが実現すると考えられます。ともすれば、ストレージに対する考え方が変わるだけでなく、情報処理に対する考え方も変化します。私たちは、コンピューティング中心の世界から、よりデータ中心の世界に移行しているのです。」


当報道資料は2008年4月10日(現地時間)の発表の抄訳です。原文、ビデオ、プレスキット等は、こちらに掲載していますのでご参照下さい。
http://www.ibm.com/press/us/en/pressrelease/23859.wss (US)

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