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情報技術の匠

「PROVISION Winter 2006 No.48」 特集 R&Dイノベーション のご紹介

第33回 「チームリーダーシップ」の匠


大森 裕子(おおもり ゆうこ)
日本アイ・ビー・エム株式会社
経営企画
専任企画担当部員

[プロフィール]
1990年、日本IBM入社。デスクトップPCのBIOS開発、インターネットキオスク用ソフトウェアや特殊デバイス用ソフトウェアなどの開発を担当。
2002年より、ThinkPad開発部門にて、Windows OSサポートチームのリーダー。2005年1月より経営企画。


いつでも前向きに

  手芸に、編み物、お菓子作り、そして工作…。
  好きなことを一ずつ挙げていくと、なぜか「ものづくり」につながっていく。さすがに「工作」は趣味ではないが、それでも子どもの工作を手伝っているうちに、いつの間にか自分の方がついつい熱くなり、もう一つ別のものを作りたくなってしまう。
  そんな大森にとっての「ものづくり」の原点は、組み立てブロックだという。子どものころは、飽きもせずに家や自動車、街並みをつくったという。「本当のことをいえば、電車のおもちゃで遊びたいと思っていました。いとこのお兄ちゃんが、部屋いっぱいにレールをつないで遊んでいるのを見て、とてもうらやましかったのです。男の子のおもちゃだからと買ってもらえませんでしたが、その代わりに組み立てブロックが大のお気に入りになりました」と少女時代を振り返る。
  中学・高校時代は数学が大好きで、大学卒業後の就職先には日本アイ・ビー・エム株式会社(以下、日本IBM)を選んだ。ソフトウェアの開発なら、大学で専攻した数学で培った論理的思考が生かせるだろうし、「ものづくり」にも参画できるだろうと考えたからだ。しかも、女性がいきいきと働いている姿を目の当たりにして、「この会社しかない」と決断したのである。

  入社後は、希望通りに開発製造部門であるAPTO(Asia Pacific Technical Operations)に配属され、デスクトップPCのソフトウェア開発などに携わった。今でも思い出に残っている仕事は、入社2年目に任されたBIOS(Basic Input Output System)の開発だ。
「大学でコンピューターを専門に学んだわけではありませんし、プログラミングも入社してから覚えたほどで、PCに詳しいわけでもありません。正直に言って自信はありませんでした。実際、プロジェクトのリーダーやメンバーは、昨年入社の新人ということで、かなり不安だったようです。
  しかし、今考えてみると、所属長はわたしが120%の力を出せば到達できる目標を与えてくれたのでしょう。苦労はしたものの、前向きにチャレンジして目標を達成することができ、それが自信にもつながりました」
  その後、結婚して2度の育児休職を取りながらも、仕事は続けた。開発の仕事が大好きだったからである。仕事の領域も、インターネットキオスク用ソフトウェアや特殊デバイス用ソフトウェアの開発など、少しずつ広げていくことができた。

  大森にとって大きな転機となったのが、ThinkPadのOS(基本ソフトウェア)サポートチームのリーダーとして取り組んだプロセス改革だ。
  ThinkPadで発生する他社製のOS関連の不具合について、開発テストチームやお客様からの報告を受けて、その原因を調査し、解決するまでのターンアラウンドタイムを従来の40%以下に短縮し、当初は100件以上もあった不具合の数を、5件以内にまで低減させることに成功したのである。
「日本のお客様は品質に厳しいこともあって、米国ではビジネスインパクトが低いととらえている問題でも、国内では重視すべきケースが多々ありました。そこで、数値化したデータを根気良く示すことで、OSの開発元の協力を取り付けていったのです」
  こうして、不具合を一つ一つつぶしていったが、やがてチームは壁に突き当たることになる。
「チームリーダーのわたしが忙しくなると、メンバーにすぐに指示が出せないなど、わたし自身がボトルネックになってしまったこともあり、不具合の数が30件ほどに減った時点から停滞が続いたのです。そこで、毎昼、3~5分程度のチームミーティングを必ず開いて不具合の数を報告し合うなど、チーム全員が不具合削減という目標を共有し、モチベーションが上がるようにさまざまな工夫を凝らしました。その結果、メンバー一人一人が自主的に熱意を持って不具合解決に取り組んで不具合数は再び減少傾向に転じ、それがまたモチベーションとなるといういい循環が生まれました」

  2004年5月。大森は、米国・スタンフォードで開催されたIBM Women In Technology Conference 2004に参加し、ポスターセッションでこの取り組みについて発表した。
  コンファレンスの案内を見て、せっかくチーム全員で苦労して挙げた成果なのだから、グローバルな仲間にも知ってもらいたいと思ったのである。
  ただし、このコンファレンスのポスターセッションは、手を挙げさえすれば誰もが参加できるというものではない。事前に発表テーマや内容が審査され、合格しなければ機会は与えられないのである。いつも前向きな大森らしく「ダメもとで応募」して、発表のチャンスをつかんだ上に、優秀な発表に与えられる3賞の一つ「Team Leadership Award」を受賞したのである。
「発表はとてもエキサイティングで、与えられた3時間があっという間に過ぎてしまいました。さまざまな国のたくさんの人に興味を持ってもらい、中には『その方法を持ち帰って試してみるわ』と言ってくれる人もいて、本当に発表してよかったと思いました」
  受賞はとても名誉なことだが、大森にとって、成果はそれだけではない。
「例えば、食事のときには丸テーブルの好きなところに座れるので、積極的に海外のエンジニアと交わることにしました。セッションや講演の感想から始まって、育児や生活のスタイルについても意見を交換することができました。世界各国からの参加ですから、それこそいろいろな考え方を持っている人がいて、ずいぶん目が覚める思いもしました。本当に自分の将来を考える上でいい機会だったと思います」

  大森は、2005年1月から経営企画に移り、事業部門を超えた成長戦略の立案や実行計画策定タスク、日本IBMの全体最適を追求したクロスファンクショナルチームによるタスク、経営会議体の運営、エグゼクティブの講演サポートなどを担当している。また、9月に創設された全社横断的な女性技術者コミュニティーCOSMOSにもファシリテーターとして参加し、今後ますます必要性が増す女性技術者の育成に取り組んでいる。
  今までのような具体的な「ものづくり」の場からはやや離れたことになるが、皆の力を集めることで1+1が4にも5にもなる企画にチャレンジできるので、それも広い意味での「ものづくり」につながるのではないかと張り切って仕事に取り組んでいる。
  一つだけ残念なことは、最近は趣味でものをつくる時間があまり取れないこと。ただ、小学5年生になった長女と小学1年生になった長男とは、なるべくいっしょに遊ぶように心掛けている。彼女が少女時代に使った組み立てブロックは、今では子供たちのために買ったものと混ざり合い、親子2代のブロックになっているという。
「娘は2005年夏に大和事業所で開催された科学おもしろセミナーに参加して、『設計』という言葉を覚えてきたり、そのときの実験を弟の前で再現したりと、とても楽しそうでした。将来は本人たちの好きな方向に進んでくれればいいのですが、やはり理系に目覚めてくれるのはうれしいですね」そう語る大森の目が、このときは母親のやさしいまなざしになったような気がした。