第34回 「カスタムSI」の匠
森村 雅史(もりむら まさふみ)
日本アイ・ビー・エム株式会社
BCS事業
アプリケーション・サービス
ICPシニア・エグゼクティブ・プロジェクト・マネジャー
[プロフィール]
1977年、日本IBM入社。情報システムズ・サービス部門でシステムズエンジニアとしてお客様のアプリケーションシステムの開発をお手伝いする。SIサービスがスタートしてからは、SIサービスを担当。ICP(IBM Certified Professional)制度の初期のころより ICP PM。
そこに困難なプロジェクトがあるから
札幌市内のはずれに、藻岩山という小さな山がある。
標高はわずかに531メートル。
それでも山頂からは、市街や石狩平野、石狩湾、恵庭岳などを一望できる。夜景もまた見事だ。
2004年、森村はこの山に週末ごとに登り続けた。合わせて20回以上は登ったことだろう。
森村の仕事は、お客様専用の情報システムの開発、いわゆるカスタムSI(システムインテグレーション)のプロジェクトマネジャーである。最初はプロジェクトメンバーとして、後にはプロジェクトマネジャーとして、流通・製造・金融・通信などの各分野で、多くのお客様のシステム開発に取り組んできた。
そんな彼が2003年から担当したのが、北海道のお客様の情報システム構築プロジェクトだ。長年の経験からシステム開発には自信を持っていたものの、さすがにこの案件については普段以上に気を引き締めた。
100万ステップを優に超える大規模システムの構築であった上に、与えられた期間はわずか10カ月。しかも当時の新技術であるJava™ を全面的に用いることが求められるなど、かなりチャレンジングなプロジェクトであったからだ。実際、日本アイ・ビー・エム株式会社(以下、日本IBM)の社内でさえ成功を危ぶむ声が挙がったほどだという。
結果的に、このシステムは2004年4~8月にかけて予定通りサービスインした。森村は、プロジェクトマネジャーとしての自信を深めただけでなく、大きな満足感を得ることができたが、経験豊富な彼にとってもプロジェクト期間中は苦しい日々の連続であった。
忙しさの合間を縫って、彼は週末になると藻岩山に登り続けた。もちろん「プロジェクト」という現実から逃避しようとしたのではない。
訓練のためである。
プロジェクトがスタートする少し前。高校の山岳部で顧問をしている友人と、2人で富士山に登ろうという話がまとまった。その際に友からはひと言忠告があった。「ちゃんと訓練しておけよ」。高校時代に山岳部に所属していた森村は、山の厳しさをよく知っている。考えてみれば何十年も山に登っていない。それどころか、最近では仕事の忙しさにかまけてほとんど運動をしていない。それで藻岩山に登って、足腰を鍛え直すことにしたのである。
「富士山に登ろうと思ったのは、特に深い意味があったからではありません。強いて理由を挙げれば、やはり日本一の山だからでしょう。一度は登ってみたいじゃないですか。友人がたまたま静岡に住んでいたということもありましたし…。
訓練の場に藻岩山を選んだのは、自宅から少し頑張れば歩いても行ける、1時間くらいで登れる手ごろな山だったからです。ですから、登山というよりは山歩きですね」
当初は、足腰の鍛錬が目的の山歩きだったが、何回か藻岩山に登っているうちに、次第に山そのものに惹かれていく自分があった。
「広葉樹が生い茂る原始林※ ですし、とても緑が濃くて気持ちがいいのです。富士山に登ったのは2004年9月ですが、その後も山歩きが趣味になってしまいました。北海道のプロジェクトが終わって関東に戻ってからも、時間が取れればあちこちの山に登っています」
森村にとって、山の魅力はもう一つある。
「山に登っていると、仕事を含めて、ほかのことすべてが忘れられる一瞬があるのです。山歩きを始める前に、あれこれスポーツに取り組んだことがありますが、どうしても頭の中から仕事が離れずにストレス解消にはなりませんでした。その点、山では、黙々と歩きながら仕事を思い出してしまうこともあるのですが(笑)、自然の中で、頭の中からきれいさっぱりと仕事が消えてしまう瞬間が訪れるのです。不思議ですね。
富士山に登ったときには、雲海がはるか下にあり、さすがに高いなっていう感じでしたが、それ以上に驚いたのは、仕事のことをまったく考えなかったことです。苦労した大規模プロジェクトを4月にサービスインさせて気持ちに余裕もあったのでしょうが、やはり富士山に登った喜びも大きかったのでしょう」
現在、森村は、あるお客様のカスタムSIに取り組んでいるが、それとともに技術系キャリア・フォーラム・セッションの講師を務めたり、あるいは現場で接することなどを通じて、若手プロジェクトマネジャーの育成にも取り組んでいる。
「若手のプロジェクトマネジャーには、よく二つのことを言っています。
一つは、明るく、楽しく取り組むこと。本当につらいときは、明るく、楽しくふるまうことはなかなかできませんが、リーダーが笑顔でいることで雰囲気がずいぶん変わります。空元気でもかまわないから、明るくすることが大切なのです。
もう一つは、積極的に困難なプロジェクトに取り組むこと。これも重要です。
どんなプロジェクトにも必ず困難な局面というものがあります。その点では、難しいプロジェクトもやさしいプロジェクトも『大変さ』に違いはありません。言い方を換えれば、困難にぶつかったときに乗り越えなくてはならない壁の高さは同じようなものであり、乗り越えるために必要なエネルギーに大きな違いはないのです。そう考えると、むしろ困難なプロジェクトに積極的に立ち向かい、自分のキャリア形成に役立てるべきでしょう。
ただ、若いプロジェクトマネジャー以上にわたしたちベテランが、困難なプロジェクトにもっと積極的にチャレンジしていかなければならないと思っています。若手には、十分な経験を積ませるべきであり、いきなり高い山にチャレンジさせるのは無謀です。ベテランが道筋を付けて、それを若手に引き継ぐといった方法を取るべきでしょう。もちろん背伸びをすればなんとか届きそうなときにはチャンスを与えるべきですが、最近では、大規模化やお客様の環境の複雑さから、プロジェクトは難しくなる一方です。その辺りを見極めて、若手に成功体験を積ませることが大切だと思っています。
若いうちに失敗を経験することも大切という意見もあるようですが、わたし自身としては、成功事例と失敗事例について明確な考え方を持っています。プロジェクトを成功させるには必要十分条件がそろわなくてはなりません。しかしながら、失敗事例から学べるのは必要条件のみです。成功事例でなければ、十分条件は学べません。そういう意味で、成功プロジェクトは、次の成功のきっかけになるのです。ですから、若手には一緒にプロジェクトに取り組む中で、次の成功につながるヒントを感じ取ってほしいと思っています」
森村は、困難なプロジェクトに積極果敢に挑むことを、むしろ楽しんでいるのかもしれない。「そこに山があるから」と語り、最高峰という困難に立ち向かった登山家のように。
※ 2004年9月の台風により大きな被害を受け、現在は自然の力による森林の再生を目指しています。
