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コンピテンシーの道程

「PROVISION Spring 2006 No.49」 特集 内部統制 のご紹介

職人の技 シリーズ(14) 〈左官職人〉


榎本  新吉 さん

[プロフィール]
えのもと しんきち
昭和2年、東京都文京区の職人の家庭に生まれる。小学校の頃から鏝(コテ)を握り、左官職人となる。クロス貼りや化学塗料の蔓延を憂い、55歳で現役を引退。しかしその後も土の研究や誰でもできる土壁塗り技法の開発、子供たちへの「ピカピカ泥団子」作り指導などを続け、自宅工房には教えを請う若い職人が常に集う。茶室の炉壇を作れる日本有数の一級職人である。


職人は、死ぬまで完成しない。
オレは名人じゃない、迷人なのさ。


  こんなにカッコイイ職人は、めったにいない。一見、酸素吸入器を常用する、枯れ枝のような老人。しかし榎本新吉さんは、今も熱心に土と泥の研究に取り組み、一級の技術を持つ現役の左官職人だ。歯に衣着せぬべらんめえ口調には、この仕事への深い愛情と洞察が満ち満ちていた。

「左官てぇのはさ、土と砂とスサ(ワラなどの繊維質)を混ぜて壁を塗る、それだけのものなんだよ。平らに塗れりゃいいのよ、平らにさ」
  ニヤリと笑いながら、榎本さんは言う。その「平らに塗る」ことの難しさを、榎本さんは知り尽くしているから。
「オレは70年、土と砂とこねてる。だから、何と何をどう混ぜれば、どんな固さや強さやもろさになるか、だいたい想像はつく。想像はつくけど、絶対じゃない。だから今でも毎日実験してるよ。若い左官は、出来合いの、袋詰めの土まがいのものに、決められた水を入れて、それが壁土だと思ってる。本当の左官ってのは材料から、土から探すんだ。それをサボって十から百までしか学ばないから、百で終わっちまう。オレは一からやってる。だから二百でも千でも行けるのさ」
  榎本さんの話術は独特だ。相手が職人だろうと素人だろうと、常に「これ、あんたはどう思う?」と問いかける。正解が出ないと「これはなぁ」と惜しげもなく知識を披露してくれる。面白い答えには、それが若い門外漢の話しでも、真剣に耳を傾ける。
「昔の職人は、親方がこうだと言えば、それを真似するしかなかった。でもオレはいつも『そうかな?』と思ってた。だからケンカばっかりだ。ケンカったって、殴り合うんじゃないよ。左官なら、どっちが良い壁を塗れるか、よ。年齢の上下は関係ない。相手がいい仕事をすれば頭を下げる、それが職人のケンカ。誰だって勝ちたいだろ、だから工夫するのよ。他のヤツにはできない壁を塗ろうと思うのよ」
  新築の家から土壁がなくなり、かつて家造りに欠かせない職人だった左官も、一時は"絶滅危惧職種"と言われた。最近になって、その風向きが変わってきた。シックハウスなどで土壁が見直され、久住章氏や狭土秀平氏といった「若きカリスマ左官職人」が登場し始めた。若手の活躍を素直に喜びながら、榎本さんは世の愚かさを笑い飛ばす。
「高度成長からこっち、効率だとかコストだとか、そんなことばっかり言いやがって。だからオレは50歳を過ぎて、商売としての左官に絶望して辞めちゃった。見てみなよ、化学薬品を使ったクロスなんか張りまくって、子供たちにいいことあったかい? 土の壁は呼吸する? そんな当たり前のことを今さら騒いで、『自然素材』だってんだからなぁ。気付くのが遅いっての。家は商品じゃねぇんだ。そこに人が住むんだろ? 安きゃいいはずないだろうがよ」
  榎本さんは、左官の未来に誰よりも期待している。だから真っ直ぐにものを言うのだ。
「一生懸命に壁を塗ってくれる若いやつらが出てきて、うれしいねぇ。オレも彼らから教わることがいろいろあるんだ。オレを名人だと言う者がいるけど、違うよ、オレは迷人さ。80歳になっても迷ってる。だから進歩するんだよ。プロって言葉は、オレは嫌いだ。プロってのは、出来上がった人だろ。職人は、いつまでも未完成なんだ。だからいつまでも可能性があるんだよ。職人は失敗していいの。失敗したら、やり直しゃいいんだ。そうやって進歩し続けるのが職人なのさ」
  止まらない話を区切るように、榎本さんは言った。
「人生は、川だな。晩年にゆったり大きく流れたかったら、若いときに水を集めとくんだ。苦労してでも水を高いところに上げることだ。そうすりゃ、きっといい川ができるよ」
  良い苦労をしなよ。職人の目は、そう語りかけていた。