第37回 医療情報の匠
稲岡 則子(いなおか のりこ)
アイ・ビー・エム ビジネスコンサルティングサービス株式会社
公共事業本部
ヘルスケア事業
アソシエイト・パートナー
[プロフィール]
1983年、日本IBM入社。東京基礎研究所にて医用画像認識などの研究開発に従事。1989年から公共セクターで、スーパーコンピュータプロジェクトや、診療情報ネットワーク・電子カルテなどのソリューション開発、セールスを担当する。1996年から医療インダストリー担当ICP-SS。2003年よりIBCS公共事業本部アソシエイト・パートナー。
フォローの風に乗って
稲岡は、同期入社の仲間たちと一緒にゴルフを始めた。研究員として日本アイ・ビー・エム株式会社(以下、日本IBM)東京基礎研究所(以下、TRL)に入社し、仕事にも少し余裕が出てきたころの話だ。
子供のころから、根っからのスポーツ好きだった。
中学校ではハンドボールやバスケットボールに熱中し、高校時代にはフェンシングで県大会準優勝を果たしている。大学時代には、突然思い立って体育会の軟式テニス部に入部し、約2年間コートで汗を流した。仕事が忙しい今でも、休日には時間をつくりスポーツジムのプールで泳ぐことを心掛けている。
だから「皆でゴルフを始めようか」という話になったときには、一も二もなく賛成した。そして熱中した。コースに出てスコアが伸びれば、それがまた励みになる。ますますはまっていった。
「ゴルフの魅力ですか? そうですね。純粋にスポーツとしても面白いと思いますし、気の置けない仲間や、新しくお付き合いの始まったお客様とか、それこそいろいろな方とラウンドして、一日を楽しく過ごせるというのはとてもぜいたくなことだと思います。
実は主人は九州の大学で教鞭を執っていて、別居結婚がずっと続いています。ですから普段は電話やメールでのやり取りになってしまうのですが、休暇で会えるときには、一緒にコースを回るようにしています。お互いにゴルフ好きということもありますし、あらたまって話をするという感じではなく、ラウンドしながら自然にいろいろと話が弾むのがいいですね」
スポーツ少女だった稲岡が、医療情報の分野でキャリアを積むことになるきっかけは、小学生のころの理科の実験だったという。
「とにかく実験が大好きでした。小学校5年、6年のときの担任が理科の先生でして、いろいろと面白い実験を指導してくださいました。自らお手伝いを買って出たこともありますし、課外授業の科学教室にも積極的に参加しました。
今でもクリスマスのころになると、ヒイラギの葉っぱで葉脈標本をつくったことを思い出します。まず普段の状態の葉っぱを観察し、それから薬で溶かして葉脈を調べ、さらに顕微鏡で詳しく観察したのです。ヒイラギの葉脈がとてもきれいで、自然の美しさに心を打たれるとともに、科学の魅力にも引かれました」
中学/高校時代になると理科好きはますます高じた。生物・物理・化学のどれもが楽しく、進学先は早くから理科系に決めていた。結局、医学部に進み、さらに大学院で博士号を取った。
「大学では、疫学を学びました。わたしの高校時代には、ゲノムやDNAの研究が急速に進歩して、今まで分からなかったことの解明が進んだこともあり、生物化学に興味を持ちました。まぁ、ちょっと変わった女子高生だったのかもしれませんが…」と笑う。
大学/大学院時代、稲岡は自分の専門領域だけでなく、関連するさまざまな分野に興味を持った。そして生物統計学に取り組む中で、好奇心をかき立てる対象にも出会うことになる。コンピューターである。
「大学院時代に専攻した疫学では、実験や調査などで収集したデータや事象の因果関係を調べ、そこから新しい知見を得ます。コンピューターは、そのためのデータ分析の道具として不可欠でした。
中でもプログラム開発が肌に合い、大学院に進んでからは計算機センターの利用者のプログラミング指導も担当するようになりました。その際、理学部の情報科学や、工学部の精密工学などを専攻している大学院生と指導員のペアを組むことが多く、彼らとさまざまな話を交わす中で、コンピューターが単なる道具ではなく、学問領域であるということも意識するようになりました。
もう一つ、医療情報分野でエキスパートシステムの開発に携わっている教授がいらっしゃって、自分の専門領域ではなかったのですが、その先生の指導を受けることができ、この分野の研究に興味を持つきっかけとなりました」
大学院の修了後も、何らかの形で研究職に就きたいという希望を持っていた稲岡は、コンピューターメーカーで医学分野に関係した研究をすることも、将来の選択肢の一つとして考えるようになった。
TRLの研究環境に魅力を感じたこともあり、1983年、稲岡は研究員として日本IBMに入社した。
その後、いったんは大学で教えるために退社したが、1989年には再入社した。公共事業統括本部やヘルスケア事業部で医療インダストリーの分野で、ソリューション開発・企画・セールスを担当。スーパーコンピューターや診療情報ネットワーク、電子カルテなどの医療情報システムプロジェクトをはじめ、ソリューションの開発・企画、ライフサイエンス分野のビジネスインテリジェンスなどに取り組んだ。
さらに2003年にはアイ・ビー・エム ビジネスコンサルティングサービス株式会社(以下、IBCS)に移り、主にヘルスケア業界を中心にコンサルタントとして活躍している。
稲岡の現在の仕事を一言で表すと、医療機関やヘルスケアビジネスに関係するお客様に対するIBCSサービスの提供である。ただその領域は、医療に特化したサービスにとどまらない。経営戦略や情報化に向けての取り組みの計画立案まで含まれることも多い。医療分野での経験を生かしたITコンサルティングだけでなく、ビジネスコンサルティングにまで、その範囲は広がっているのである。
「病院の経営も組織経営という点では一般の企業と同じであり、時代の変化に合わせた改革が求められています。また医療の質についても厳しく問われるようになっています。そこでデータウェアハウスを構築してデータマイニングを取り入れ、医療クォリティーの向上や病院の経営改革に役立てるといった動きも出始めています。
そういった情報分析に、IBMの既存のシステムやサービスを使うこともありますが、TRLと共同で新しくマイニングツールなどを開発することもあり、その際には今までのキャリアが役立っています」
また最近では、保険会社や製造メーカーなど、さまざまな分野のお客様が、自社の特色を生かして医療分野へ参入しようとしている。そうしたお客様の新規参入に向けての戦略立案のお手伝いも、稲岡にとってはやりがいのある仕事の一つとなっている。
やりたいことができる環境に常に自分を移しつつ、チャレンジしてきたと、稲岡は自分のキャリアを振り返る。
医療分野において積んできた経験を生かせる上に、個人のスキルやスペシャリティーが重視されるコンサルタントという仕事は、まさに自分にぴったりであり、さらなるチャレンジを続けたいと目を輝かせる。
その意味では、自分をさらに高めるフォローの風が吹いていることを、今、稲岡は感じているのだろう。
