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情報技術の匠

「PROVISION Summer 2007 No.54」 特集 イノベーションを生み出すDNA のご紹介

第39回 Webサービス研究の匠


中村 祐一(なかむら ゆういち)
日本アイ・ビー・エム株式会社
東京基礎研究所
ソフトウェア・ライフサイクル担当
シニア・テクニカル・スタッフ・メンバー(主席研究員)

[プロフィール]
1990年、日本IBM入社。東京基礎研究所に配属される。知識ベース・システム、オブジェクト指向、マルチエージェント・システムなどの研究を経て、2000年ごろからSOAやWebサービスの研究に従事している。現在は、SOAやWebサービスの開発ツールの研究を進めるとともに、研究部門の戦略策定にもかかわっている。


出会いを求めて

  星を見ることが好きだった。
  小学校6年生のときに宮崎市内に引っ越すまで、中村は星がよく見える田舎に住んでいたため、毎日のように望遠鏡をのぞいていたという。ひょっとして、流れ星を目撃したこともあっただろうか。

  中村が大学で物理学を専攻したのは、小学生のころに「宇宙の謎って、面白そう」と思ったのがきっかけだ。
「特に男の子はそうだと思うのですが、望遠鏡で星を見るだけでなく、宇宙に関する本を読むのも大好きでした。『銀河系の直径は約10万光年』とか『宇宙にあるブラック・ホールには、光さえ吸い込まれる』といった解説記事をワクワクしながら読みました。そして高校時代に、宇宙の謎に迫る学問が宇宙物理学だと知って、物理学にがぜん興味を持つようになったのです。
  ただ、実際に専攻したのは応用物理学ですし、さらに大学4年のときに選んだ研究室は情報工学系で、大学院では知的教育システムとかエキスパート・システムを研究しました。だんだん宇宙から離れて、コンピューター方面に軌道がずれていったというところでしょうか(笑)」

  宇宙では、天体の軌道が変わることもあれば、天体同士が衝突することさえある。
  1994年7月に、分裂したシューメーカー・レヴィ第9彗星の一部が木星へ衝突したことで、天体同士の衝突は広く知られるようになった。天文学的な確率であるとはいえ、地球の長い歴史の中で小惑星との衝突は繰り返されている。月の誕生や恐竜の絶滅の原因となったという説もある。
  天体の衝突は、宇宙の摂理なのであろう。そしてエンジニアと研究テーマの出会いも、宇宙の摂理が支配しているのかもしれない。
「東京基礎研究所(以下、TRL)に入った当初は、何か面白い研究に取り組み、論文さえ書いていればいいのだろうと思っていました。当然ながら、そんなふうに考えている間はうまくいきませんでした。研究者といえども、やはり自社のビジネスにインパクトを与え、さらには世の中にインパクトをもたらさなければ、社内で高い評価を得ることはできません。『会社に貢献する』ことの重要性に気付くのがずいぶん遅かったので、その間は本当にパッとしませんでしたね」
  中村は何年も煩悶した。
「正直に言って、自分の研究方針と会社の考え方が合わないのかもしれないと悩みましたし、研究よりも、開発やソリューションの方が肌に合うかもしれないと思ったこともあります。
  実際、研究者が自分に本当にぴったりの研究テーマに出会えるのはかなりまれです。たぶん運もあるでしょうね。研究活動を通じて自社に貢献したいと思っていても、たまたまその分野には会社がまったくフォーカスしていないということもあり得ます…」

  1999年の暮れ。そんな中村に「ディープ・インパクト」が訪れた。
「米国でWebサービスの研究プロジェクトが立ち上がり、TRLからも参加することになりました。たまたまXML(Extensible Markup Lan-guage)のセキュリティーに取り組んでいたことから、Webサービスのセキュリティーについて、仕様の定義と実装を担当することになったのです。
  その後、IBMの基幹ソフトウェアの一つであるWebSphere® にWebサービスを組み込むことになり、セキュリティーの機能についてはTRLが引き続き担当することになりました。わたしたちの技術力が高く評価されたということです。
  このプロジェクトに参加して、Webサービス・セキュリティーの標準化に貢献することができましたが、これはわたしたちにとって非常に大きいことだったと思います。
  WebSphereという世界中に出荷されている製品に搭載されたということだけではありません。標準化により、その仕様にのっとった製品を世界中のソフトウェア・ベンダーが開発しますから、世の中に対するインパクトという意味でも大きな貢献だったと思っています。
  その意味では、わたしにとってラッキーだったのは、Webサービスという研究テーマに出会えたことです。実際、才能やスキルを持ちながら、自分に合う研究テーマに出会えないでいる研究者は少なくないと思いますから」

  中村のこの研究は、2003年度のOTAA(Outstanding Technical Achievement Award:特別功績賞)に輝いた。自分の研究の方向と、会社がフォーカスする技術戦略がまさに一致したのである。
  そしてOTAAの受賞者として、2004年のCTRE(Corporate Technical Recognition Event)に参加するために米国・フロリダ州のボカ・ラトン・リゾート&クラブにも招かれた。CTREは、技術的に高い貢献をした社員の功をねぎらうために開催されるワールド・ワイドのIBMのイベントであり、IBMフェロー、コーポレート・アワード受賞者、新ディスティングイッシュト・エンジニア(技術理事)、新アカデミー・メンバー、OTAA受賞者などに参加資格がある。
  ボカ・ラトン・リゾート&クラブは、マイアミのすぐ近くにある高級リゾートであり、CTRE参加者は配偶者(または大人のゲスト一人)とともに招待され、2日間にわたり、表彰式や、ノーベル賞受賞者による講演、エンターテインメント、レクリエーション、ソーシャル・イベントなどを堪能する。
「夢のような3日間でしたが、実は、準備がとても大変でした。というのは、表彰式のディナーは正装しなければなりません。男性はスーツでかまわないのですが、同伴する配偶者はドレス着用で、しかもそれを知ったのが出発の1週間前でしたから、慌てて百貨店巡りをして買いそろえました。とにかく勝手が分からなくて、大変な思いで準備しました(笑)」

  そして2年後の2006年。今度はコーポレート・アワードの受賞者として、再びCTREに招待された。
  コーポレート・アワードとは、技術・科学の分野で極めて顕著な業績を挙げ、同時にIBMのビジネスに大きく貢献している社員に贈られる賞である。
「IBMの技術者・研究者にとって最も栄誉ある賞を頂けたのも、SOA(Service Oriented Architecture:サービス指向アーキテクチャー)がIBMの戦略となりインパクトをもたらすことができたからだと思います。それと同時に、IBMの中には優秀な人がたくさんいて、自分のアイデアを周りに積極的にぶつけることができたことが大きいですね。OTAAもコーポレート・アワードも個人に与えられるものですが、やはりチームを代表して頂いたものですから」

  「研究テーマとの出会い」、そして「研究仲間との出会い」。中村は出会いを求めて、IBMという惑星系で今日も軌道を描き続けるのであろう。