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コンピテンシーの道程

「PROVISION Fall 2007 No.55」 特集 Web 2.0による企業イノベーション のご紹介

職人の技 シリーズ(20) 〈金属熱処理職人〉


オリエンタルエンヂニアリング(株)
飯沼 育雄 さん

[プロフィール]
いいぬま・いくお
1958年、東京都生まれ。3歳から千葉で過ごし、千葉工業大学金属工学科を卒業後、オリエンタルエンヂニアリング(株)入社。「会社に入るまで、熱処理なんて全然知らなかった」そうだ。コーティング部門に長く携わり、同社が開発した最先端のプラズマコーティング技術の実用化などで腕を振るった。自称「まったくの無趣味」。平成18年「現代の名工」に選定される。


カンと理論を組み合わせて、
若者に楽に伝えたいんですよ。


  俗に「焼きを入れる」と言う。鉄という金属は、そのままでは決して強くない。熱を加えることで組成が変化し、強くなるのだ。今ではさまざまな元素のガス内で焼くことで、自在に鉄の強度を引き出している。それを司るのが、金属熱処理職人である。

「鉄は温度によって構造が変わるんですよ。変態点と言いましてね、純鉄は910℃、我々が普段扱う鋼は727℃が境です」
  この性質を利用して、温度や時間を加減して鉄を強化するのが、熱処理の原理だ。
「鉄に炭素を入れると硬さが出ます。これがいちばん基本的な熱処理で、『浸炭(しんたん)処理』と言います」
  酸素を除去した約920℃の炉の中に鉄を入れ、そこにプロパンガスとアルコールをたらす。するとガス内の炭素が鉄の表面に染み込んでいく。
「鉄のどの深さまで炭素を入れるかで、焼く時間が変わってきます。普通は1ミリ前後で、5~6時間。3ミリのときは3日間ほど炉に入れます」
  面白いことに、これだけでは鉄は硬くならない。浸炭した後、およそ830℃という高温の油の中に浸けて「油焼き」して、ようやく硬さが出るという。
「いろんな温度を通り抜けることで硬くなる。昔の人はすごいことに気がついたものです」
  自動車のギアや歯車類など、摩耗させたくない部品、強度の必要な部品は、たいがい浸炭処理をしているそうだ。
「炭素じゃなくて窒素で処理する場合も多いです。こちらは変態点以下の温度で15ミクロンくらいの薄い窒化層を作る。寸法変化を抑えながら短時間である程度の硬化ができます」
  飯沼さんが長く担当しているのは、熱処理の進化形であるコーティングだ。
「鉄に何かを染み込ませるのでなく、表面に特殊な層を作ります。さっきのプロパンガスの代わりにチタンとかシリコンとかアルミとか、さまざまな元素を入れたガスの中で、プラズマ放電を起こして焼き付ける。多層膜を作ったり膜の性能を変えたりできます。ただ値段が浸炭の100倍するので、ここぞ!という物の専用ですね」
  生鉄の硬さを1とすると、浸炭処理で8倍、最先端のコーティングで30倍にできる。ちなみに天然ダイヤの硬さは100。
  コーティングの仕事風景を見せてもらう。加工する部品を洗濯物のようにぶら下げたり縛り付けたりして炉に入れ、あとはスイッチを押すだけ。あの、技術的なすごさはどこに?
「昔は炎の色を見て温度を判断したりしたそうですが、今はほとんど全自動ですからね。ボタンを押せればいい(笑)」
  というのは謙遜で、やはり経験でしかカバーできない部分が少なくないという。
「加工する部品は形状も大きさもさまざまです。それに対していろいろな厚さの膜を付けてほしいと要望が来るわけですが、1回に処理する部品の個数によってガス濃度を変えたり部品を置く間隔を変えたり、微妙な調節が必要なんですよ。浸炭だと、素材と深さと硬さを入力すると焼く時間を算出してくれるシミュレーションマシンがありますけど、あくまでも参考。ベテランになると『これくらいだな』っていうのが勘でわかります。だって、コンピュータの元になっているのは、職人の経験値ですからね」
  飯沼さんは現在、大学の先生に付いて、「なぜ炭素が染み込むのか? その際に鉄の内部ではどんな変化が起きているのか?」といった基礎を、もう一度学んでいるそうだ。
「ただ鉄を焼いているだけじゃつまらないですから(笑)。職人の勘と理論をうまいこと組み合わせてマニュアル化し、若い連中に伝えたいんですよ。もちろんそれが全部じゃないけど、ベテランがいなくなったら勘は消えてしまいますから」
  最先端技術というのは、つまり、職人の技に機械が少しずつ追いつくことに違いない。