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情報技術の匠

「PROVISION Summer 2008 No.58」 特集 次世代エンタープライズ・データセンター のご紹介

第43回 IT アーキテクトの匠


藤田 一郎(ふじた いちろう)
日本アイ・ビー・エム株式会社
アプリケーション・イノベーション・サービス
エンタープライズ・アーキテクチャー&テクノロジー
SOAビジネス・アーキテクチャー
Certified Profession シニアITアーキテクト
[プロフィール]
  1993 年、日本IBM 入社。サービスデリバリー部門においてシステム開発プロジェクトに多数参画。1997 年頃より講演・Web /雑誌記事・書籍・コミュニティー活動等を通じてJava/J2EE 展開を推進。近年はモデル駆動開発(MDD)・モデル駆動アーキテクチャー(MDA)、サービス指向アーキテクチャー(SOA)を活用した業務システム開発を担当し、現在は次世代の業務アプリケーションといわれているコンポジット・ビジネス・サービスによるソリューション構築を推進。


伝わる思い。その喜びに導かれて

  心地よい緊張感。ファゴットにかかった指に、知らず力が入る。
  1,400 人の観客を前にした演奏会。藤田のソロパートが間もなくやってくる。
  「小学生から演奏はしているし、講演活動も慣れています。それでもソロパートを待つ瞬間だけは…緊張しちゃいますね」
  藤田はこの緊張感が好きだ。心地よい緊張の中で、人前に出て自分の思いを伝えることが好きだ。

  現在、藤田が手がけるプロジェクトでは、インドのシリコンバレーと呼ばれるバンガロールへの出張を頻々としているが、業務と平行して講演活動や研修講師、そしてコミュニティー活動を行っている。藤田は多忙をいとわない。藤田は笑顔でさらりと言う。「忙しいのはうれしいですね。それだけたくさんの方とコンタクトできているということです」
  藤田の今日の多忙は入社4 年を経過したころから始まった。藤田は技術への好奇心から本業の横で日本IBM のWeb サイトにJava についての解説記事を執筆していたが、当時、新しい技術として『Java』がクローズ・アップされてきたこともあり、さらに、外部からの依頼も舞い込んできた。解説記事に注目した出版社から「Java の解説本を執筆してほしい」という話だった。
  「IBM では、与えられた業務以外に技術者とのスキル共有や、業界や社会における貢献ができているのか? というのが評価対象になりますので、出版についても、また執筆にあたっても特に問題なく取り組めました」
  業務が終わった夜、土日、そして有給休暇をまとめて使った4 カ月の執筆期間を経て、藤田の本は世に送り出された。書名は『まるごと図解 最新Java がわかる』(技術評論社 刊)という。1999 年当時、業界において期待のかかるJavaについてわかりやすく解説された本ということで、技術書としては異例ともいえる部数が売れ、版を重ねていった。
  「卒論も書かなかったのにね(笑)と、妻には冷やかされながらの執筆でした。うまく書けるかどうか心配だったのですが、『自分が学んだことをまとめていく』、『見開きごとに一つの要素をまとめていく』、という方法をとった結果、読者にわかりやすいと言っていただける本を作ることができました。そういえばある日、それはちょうど自分の誕生日だったのですが、電車内で妻が指さすほうを見ると、すぐ近くの座席に私の本を熱心に読んでくださっている方を見つけたんです。二人で声を殺して喜んだことを思い出します」
  この本は、同業他社の人たちにも名著として受け入れられると同時に、学生の間でも広く読まれていた。また同じころ、Web 連載の読者だった熱心な学生の一人から、藤田宛にメールが送られてきた。内容はJava のプログラムがうまく動かせない、というもの。それに対し藤田は丁寧に答えを返し、学生は藤田の真摯(しんし)な対応に感激と感謝のメールを送った。そして数年後、その学生は日本IBM に入社し、藤田の同僚となったのである。
  偶然なのか必然なのか。いずれにしても藤田がJava のエバンジェリスト(伝道師)として活動を広げていく中で生まれた出会いといえる。「私のことは直接知らないかもしれませんが、この本のことを知っている人はたくさんいる」
  以来、2001 年、2003 年と藤田はJava やWeb サービスに関する書籍を発刊する。講演活動の機会を増やし、業界における技術の定着に寄与していく。

  「新しいものに挑戦することが、昔から大好きでした」
という藤田にとって、時代の状況も味方した。
  「道のりを振り返り、例えば自分が書いた本を振り返ると、それらが私のマイルストーンになっています。私自身のスキルが積み上がっていく過程も見ることができる。私が入社してからの15 年間は、 PC やインターネットの急激な普及により社会が劇的に変化してきた時代。この変化に立ち会え、自分自身がその変化の中で活動できた。その変化の時々で、自分が取り組むべき技術を選択し、勉強会やセミナーなどを通じて技術の輪を広げていく。私にとってはとてもいい環境だったと思っています」
  冒頭でも紹介したように、藤田は多忙な日常を縫うようにして、日本IBM およびグループ会社社員で結成されている『日本IBM 管弦楽団』の練習に参加、そして年2 回、演奏会のステージに上がっている。印象だけでいえば、クラシックは伝統の世界。常に時代の変化にさらされることを楽しむような藤田の印象とは相反するように感じるが…
  「実はどちらも『アーキテクチャーの世界』なんですよ。プレイヤーは演奏に際して、作曲家が楽譜に残した音符の裏にある背景や思いを解釈して、自分なりの表現で再現しようと努力します。クラシックだと、『楽典』や『楽式』がアーキテクチャーにあたると思うんですが、この曲を作ったときに、作曲家はどんな思いだったのか? などと、曲のアーキテクチャーをとっかかりに、背景を探り始めることをよくしますね。抜けられなくなります(笑)。さらにいうと、オーケストラでは、指揮者がその音楽の設計書である楽譜の解釈を行い、表現すべき音楽の『ゴール』を定義してプレイヤーと共有する必要があります。ゴールの共有がうまくいくといい音楽になる。
  ここにアーキテクチャーの理解が生きてくるんですよ。オーケストラのメンバー全員がそういう気持ちをもって一つの演奏を作り上げるのはとても楽しいことです。IT プロジェクトにも同じ楽しみがあります。アーキテクチャーとゴールを正しく理解して共有する。ビジネスのゴールをいかにITに反映させていくかが重要になってきていますが、SOA はその具現化のためのアーキテクチャーなんです」
  SOA をいかにIT システムに組み込んでビジネス価値をもたらしていくか。それが藤田の現在のミッションである。そのために、藤田はまた講演や研修講師やコミュニティー活動を積極的に行っている。Java のときと同様に。

  好きな指揮者はと尋ねると、藤田はカルロス・クライバーの名を挙げた。ドイツ出身(国籍はオーストリア)、20 世紀を代表する名高い指揮者である。
  「小学生で彼の音楽に出会って、幼いながらも他の指揮者の音楽とは違うと感じたんです。寡作な人なので作品はあまり残されていないのですが、1994 年の来日公演では、当時の給料からすれば大枚をはたいてプラチナ・チケットを手に入れました。素晴らしかった。残念ながら2004 年に亡くなられましたが、見ておいて本当に良かった。彼の演奏を収めたCD は、20 年前、30 年前のものも素晴らしい。確かに録音技術、楽器の進化で現在のクラシックは品質が上がりました。でも当時の熱はそれをも上回る」
  藤田が最初の著書で放った熱気は、カルロス・クライバーが放ったそれとも共通するのかもしれない。その時代でしか醸せない空気や熱を閉じ込めた作品。それこそが、生み出した人間にとっての確かなマイルストーンとなるのだろう。