日本IBM 株式会社
グローバル・ビジネス・サービス
インダストリアル・サービス事業部鉄鋼インダストリー
アソシエイトパートナー
柴田 雄一
IBMは長年に渡り、グローバルで多くの金属・鉱業業界のお客様をご支援してまいりました。その経験を活かし、鉄鋼業界向けのERPテンプレート「Global Steel Template」を提供し、鉄鋼メーカーのイノベーションをサポートしています。今回は、2011年5月に開催しました鉄鋼ITパートナー・セミナーで講演した、事例による海外のイノベーションの動向と、Global Steel Templateについてご説明します。また、末尾にはセミナーにご参加いただいた皆様とのディスカッション内容もご紹介します。
アジアにおける競争の激化とイノベーションの方向性
リーマン・ショックに端を発した世界同時不況は、鉄鋼業業界にも大きく影響し、世界的に需要が低下しました。その後、新興国の急速な経済発展に支えられ、建築資材を中心に鉄鋼など金属需要が高まっています。しかし、中国や韓国の鉄鋼メーカーの台頭により、アジア地域の競争は激化しています。日本の鉄鋼メーカーは、自動車やエレクトロニクス向けの高級鋼材や特殊鋼材といったハイエンド製品での差別化を図っていますが、今後も競争が激化すれば、中国や韓国の鉄鋼メーカーも、ハイエンド製品のニッチ市場に集中することになります。さらに、原材料・石炭の寡占化と高騰、海外鉄鋼メーカーの国内市場参入など、鉄鋼メーカーは厳しいビジネス環境の中で競争を勝ち抜いていかなければなりません。
すでに多くの鉄鋼メーカーが、激化する市場競争に打ち勝つため、それぞれの市場における位置付けや戦略に応じたイノベーションを積極的に推進しています。これまではグローバル・スタンダード・プロセスとルールの導入、サプライ・チェーンの統合と集中管理といった業務オペレーションのイノベーションに重点が置かれていましたが、現在はグローバルでのブランド確立や新規市場の開拓といった製品/市場におけるイノベーション、さらにはビジネス・モデルのイノベーションにも取り組んでいます。2008年にIBMが発表したCEO Studyの調査結果では、多くのCEOが「サプライ・チェーンの可視化」および「リスク管理と財務コントロール」を主要な業務課題として挙げています。また、新しい経済環境における最優先事項として、向こう5年に注力すべき局面として、「顧客との距離を短縮する」との回答が80%を超えています。
IBMでは、お客様が真のグローバル企業(Globally Integrated Enterprise:GIE)となるよう、全力でサポートしています。世界中のあらゆる場所で、適切な価格、品質、納期を実現する最適化されたビジネス環境を実現するため、業務をグローバルに統合します。では、実際に海外での事例を三つほど紹介します。
グローバル企業とは
事例1.業務プロセスをERPに載せてグローバルで展開
欧米鉄鋼メーカーであるA社では、戦略的な買収アプローチによって組織を拡大したことで、多数のばらばらなレガシー・システムやERPシステムを抱えていました。それが顧客との取引履行に大きく影響していたことから、薄板や条鋼などの製品軸と北米や欧州など地域軸ごとにシステムを集約し、オフショア・アウトソースの活用などにもよってITコストの削減を目指して行くIT戦略を立案しました。それぞれのブロック毎に業務プロセスを標準化し、ERPに載せて展開していくプロジェクトを実施しています。同社はこの戦略によって、グローバル成長戦略と密接に連携した顧客の成長・変革プロジェクトを推進することができるようになりました。
さらにA社は将来に向けた仕組みとして、顧客やサプライヤーとの単一接点(One Face)や将来に備えた拡張性の確保などを目的に、「バーチャル・シングル・ファクトリー」というコンセプトを打ち出しています。
バーチャル・シングル・ファクトリー
また、サプライ・チェーンの可視化とコントロールを同期したポータル・ビューに取り入れることで、計画策定および業務用のデータを収集、処理、分析、表示、通知する「バーチャル・コマンド・センター」の実現にも取り組んでいます。バーチャル・コマンド・センターが実現すれば、供給、生産、需要およびロジスティクスなどで発生する衝撃や変動に、迅速に対応できるようになります。
事例2.グローバル化機能の評価
大手鉄鋼メーカーのABC STEEL社は、早い段階から全社的にERPを導入し、調達、生産、販売プロセスの全体を変革し、統合デジタル・システムの構築を開始していました。同社は2009年、米国、メキシコ、ベトナム、インドへと海外の生産基盤を拡大し、中国、南アジア、日本、インド、メキシコにSCMベースを確立しています(合計42のSCMベース)。ERPや標準部品をベースに、標準化されたプロセスが確立しているため、新たに海外拠点を展開する際にも、迅速な展開が可能になっています。
IBMは、ABC STEEL社の各種分野における機能を分析し、現在の課題と、GIEとしての目標を達成するまでの一連のロードマップを特定しました。ABC STEEL社の変革に向けたさまざまな活動は現在も続行されており、一連の変革を通して「競争力の高い業務形態」を実現し、グローバル・ビジネス・リーダーシップに向けた「ビジョン2018」を発表しています。これはIBMが提唱するBAOに近い考え方ですが、収集されたさまざまな情報から現象をモデル化し、予測的な経営戦略を立案することを目指しています。
ABC STEEL社のグローバル・ビジネス・リーダーシップ・ビジョン
事例3.テンプレート利用による迅速な拠点立ち上げ
ドイツに本拠地を置くグループ企業である欧州鉄鋼メーカーB社は、ドイツという土地柄からSAPの導入が進んでいる企業でもあります。B社では、米国アラバマ州に製鉄所を新たに建設しました。この施設には、ブラジルにある同社の製鉄所で生産されたスラブを利用する熱間圧延工場も含まれています。このアラバマ拠点建設にあたり、B社はIBMの鉄鋼業界向けのERPテンプレート「Global Steel Template(GST)」を活用し、短期間での立ち上げを実現しています。GSTは、MES(Manufacturing Execution System)とSAPを統合し、計画から実行までを一元的にコントロールできる環境を提供します。
Global Steel Template(GST)
GSTは、IBMが提供する鉄鋼業界向けのERPテンプレートです。エンタープライズ・ソリューションとしてSAPを使用した、金属業界のプランニング、スケジューリング、トランザクション処理、生産実行のベスト・プラクティスをカプセル化したプロセスのフレームワークです。APQCプロセス分類フレームワークに準拠し、4種類のアプリケーション階層(ECC、SCM、APS、MES)に拡張できます。GSTには、IBMが長年にわたる国内外の鉄鋼メーカーとの協業経験に基づく業界のベスト・プラクティスが導入されています。今現在、最新のSAPに対応する鉄鋼業界向けのERPテンプレートは、おそらくIBMのGSTだけだと思います。
また、鉄鋼メーカーの場合、MESとの統合は重要です。IBMは市場の主要なMESパートナーすべてと協力体制にあるため、詳細にわたるスケジューリング・エンジンとの連携も可能になっています。プラント・システムやMES、あるいはその他のレガシー・システムと、Enterprise Service Bus(ESB)で統合することによって、サプライ・チェーンの可視化とコントロールを実現します。
今後、日本のメーカーは、どのように戦っていけばいいのか
前述のように、鉄鋼業界における世界的な競争は、ますます激化することが予想されています。鉄鋼メーカーは、どのように生き残りをかけて戦っていけばいいのでしょうか。私は大きく二つの視点が必要になると考えています。一つはグローバルな視点で、サプライ・チェーンをマネージメントし、最適な販売生産計画を立て、実行する環境を確立することです。現在、日本の鉄鋼メーカーの多くは海外に現地法人を作り、それぞれの現地法人が独立したSCMを持つ垂直統合型のアライアンス・協業モデルを構築しています。しかし、グローバル市場で勝ち抜いていくためには、コスト、品質、納期、あるいは世界情勢などを考慮し、そのときに最も適した生産拠点をグローバルで選択して生産できるグローバルSCMモデルを構築していくことが必要と考えます。
もう一つは、日本の得意分野である高い品質の維持・拡大です。日本の鉄鋼メーカーにとって、品質管理は主要な競争能力です。しかし、これまで日本の多くの企業では、品質管理をオペレーターの経験と手作業に依存してきました。つまり、一部の高い技術を持った人材が退職してしまうと、その品質を維持することが困難になってしまうのです。この課題を解決するためには、品質管理プロセスを標準化して管理し、モニタリング・ツールや分析ツールなどを利用して、俗人化されていない高いレベルの品質管理を実現していくことが重要です。
品質管理の強化
このような業務領域はERPパッケージでカバーされていない領域であり、国内レガシー・システム上に実装していき、将来は海外工場のERPパッケージの上にESBなど使って連携していくような形態を目指していくべきではないでしょうか。高級鋼を低コストで提供できる日本の鉄鋼メーカーが得意とするコンピテンシーを維持し、常に先を走り続け、さらにそれをグローバル市場環境に提供していくために、我々IBM鉄鋼コンサルチームとITジョイント会社の皆さまでコラボレーションしてご支援していきましょう。
ディスカッション
セッションの最後には、参加者と次のようなディスカッションが行われました。
参加者:
海外に新しく工場を建設する場合、ERPとMESの組み合わせは、フルスクラッチのシステムと比較して、どんな優位性がありますか。
柴田:
国内工場の維持管理のために多くのリソースを割かなきゃいけない現実に、新たに手組み要員を調達できるのか?ということが大きいと思います。パッケージ活用でシステム構築にかけるリソースは少なく、かつ、海外でも保守要員を外部委託することが容易です。
参加者:
現在のプロセスを、そのまま容認してERP化しようとすると、大量にアドオンが必要になってしまうと思います。もちろん、強引に作れないわけではないと思いますが、ERPの利用を前提に、ビジネス・プロセスの方を合わせていくという考え方もあるのではないでしょうか。まずは小さい領域でもいいので、できるところから始めてみるのが良いように思うのですが。
柴田:
確かにそうですね。まずはできるところから始めて、ERPに何ができて何ができないのかという知見を深めることは大切だと思います。特に合弁会社で先方がERPを持ってきたとき、こちらは何ができて何ができないかという知見をもっておくことは必須になってくるのではないでしょうか。
参加者:
実際、大きな転換期を迎えている実感はあります。財務や会計といった本社業務でERPを導入した経験から、効果は大きいと感じています。ただ、生産管理の業務では、まだ導入できていません。以前、知り合いの企業ではSAPの導入にとても苦労していました。アドオンが非常に多く、フルスクラッチに近い状態になったと聞いています。グローバルで迅速な展開を実現したいのであれば、やはりきちんとテンプレート化しておくべきではないでしょうか。できれば、鉄鋼業界で協力して共同のテンプレートを作るといったことはできないでしょうか。そんなテンプレートがあれば、他の企業とアライアンスを組むときにも便利だと思うのですが、IBMが企業の間に入って共同開発を進めたりできませんか。
柴田:
そういう活動には、前向きに取り組んでいきたいとは考えています。ただ、企業によっては、「生産管理はコア・コンピテンシーなのでパッケージ化はできない」というネガティブな意見があるのも事実です。そういったお客様に対しても、品質設計情報など本当のコア・コンピテンシーな部分は守り、それを管理する器まで自製である必要はあるのか?といった何が本当に特殊性を担保しなければいけないのか深い議論をすすめ使えるものは使っていくということをご理解いただけるよう努力していかなければならないと思っています。
参加者:
従来のERPパッケージからみると機能・実績面が充実してきて随分使えるものになってきたという印象を受けました。ぜひどこかでトライしてみたいと思います。
セッション資料
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