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新興国市場とグローバル展開で拓く企業の成長戦略

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鼎談の様子
アジアを中心に新興国経済が急成長している。国内市場の伸びが期待できない中で、多くの日本企業が新興国戦略を本格化させている。欧米や韓国のグローバル企業に比べると日本企業のスタートの遅れが気になるが、挽回を焦って性急に事を運ぶのも危険だ。日本企業には、自社の強みを見極めた上での長期的な取り組みが求められている。日本経済研究センター会長の新井淳一氏とBRICs経済研究所代表の門倉貴史氏、日本IBMの安瀬和博の3人が、日本企業の新興国市場との向き合い方について語り合った。

アジアを中心とした新興国市場の成長、その可能性と限界を認識すべき

新井 いま、盛んに「アジアの時代」と言われています。今後、アジアを中心とする新興国市場が拡大することは間違いありません。18世紀がアジアの時代だったとすると、19世紀はヨーロッパの時代、そして20世紀はアメリカの時代でした。そして、21世紀に再びアジアが大きな位置を占めることになる。私たちも、こうした新しい状況に対応する必要があります。

門倉 労働力の割合が増えて経済成長を押し上げる効果に注目して、人口ボーナスという言葉が最近よく使われるようになりました。若年人口の多いインドは2040年くらいまで、その時期が続くと見られています。一方、中国は一人っ子政策の影響により、2015年くらいに人口ボーナスがなくなります。ただ、アジア地域全体を見ると長期的に労働力人口が増加し、これが経済成長を牽引することになるでしょう。

安瀬 お二人の現状認識は、多くの日本企業も共有していると思います。金融危機への対応が一段落したこともあり、成長が見込まれる新興国市場に向けて日本企業も投資を含めた取組を本格化させています。その背景には、国内において需要の伸びがあまり期待できないという事情もあります。

新井 新興国市場が成長することは確かですが、性急な進出はリスクが高い。この点には十分な注意が必要です。25年後、あるいは30年後に中国のGDPがアメリカと肩を並べるとの予測がありますが、中国の人口はアメリカの4倍以上あります。それが実現したとしても、その時点の中国の1人当たりのGDPはアメリカの4分の1です。「その国で何を売るか」を考えた場合、1人当たりのGDPは非常に重要な指標です。そこを軽視して企業が新興国戦略を立てることはできません。

※ 人口構成で子供と老人が少なく、生産年齢人口が多い状態。豊富な労働力により高度経済成長が可能になる。

ブランドや商品開発における日本企業の強みを生かした競争を

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新井 淳一氏
社団法人日本経済
研究センター 会長
門倉 新井さんのご指摘のように、先進国と新興国は市場の構造がまったく異なります。1人当たりのGDPが小さいことに加えて、国内・地域内での経済格差が非常に大きい。上位階層の中には日本のお金持ちよりはるかにリッチな人たちもいますが、1日2ドルで暮らしている人もたくさんいます。新興国市場にアプローチする場合には、どの所得階層に焦点を当てるかが非常に重要になります。

安瀬 私が担当している食品や化粧品などの消費財分野では、先進国で売っているような高付加価値の商品を富裕層向けに展開したいと考えている企業もあれば、低価格の商品を開発してボリューム・ゾーンを開拓しようとしている企業もあります。両方のアプローチが考えられると思いますが、現時点ではどこにフォーカスするか迷っている企業も多いかもしれません。

門倉 新興国戦略で優位に立っている韓国企業が参考になるかもしれません。サムスン電子やLGエレクトロニクスなどの韓国企業は、ライバルの多い先進国市場での競争で疲弊するようなことは避け、早い時期から未開拓の新興国市場を重視してきました。そして一定のシェアを確立し、現地市場の成長とともに自らの事業を拡大させています。韓国企業がどちらかというとローワー・ミドルのマス層を狙っているのに対して、日本企業はもう少し上のアッパー・ミドル層を狙うべきではないかというのが私の考えです。日本製品の強みは、やはり高機能、高付加価値です。いまは小さなマーケットかもしれませんが、そのセグメントは今後確実に拡大します。

新井 同感です。たとえば、中国市場で成功しているといわれる資生堂は、ボリューム・ゾーンで競争しているわけではありません。中間層にとっては、やや背伸びが必要な商品を用意して提供しています。日本企業はそのブランドや商品開発の強みを生かして、自社の得意分野で戦うべきでしょう。また、現在の強みを生かして先進国でしっかりとビジネスの基盤を固め、その収益の許す範囲で新興国を攻めるというバランスも重要です。

安瀬 そのバランスについては、私が普段接しているお客様も慎重に検討しています。ただ、試行錯誤をしつつも積極展開しているグローバル企業と比べると、日本企業はやや慎重すぎるように見えるかもしれません。

現地ニーズに合った商品づくり、人材育成に求められる長期的な視点

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門倉 貴史氏
BRICs 経済研究所
代表
新井 日本企業の課題の1つは、「新興国で売れる商品を持っていない」ということではないでしょうか。もちろん個々には強い商品もありますが、全体的に見ると少ない。先進国で売れたモノの機能と価格を少し落とせば売れる、というものではないと思います。コンセプトづくりから始めなければならないとすれば、日本企業が現地マーケットに浸透するには相当時間がかかることになります。

安瀬 そこは重要なポイントだと思います。たとえば、シャンプーや脱脂粉乳を小さな箱詰めにしてヒットした商品があります。低価格でも「悪くない」ものを求められるため、パッケージなどに余分なコストをかけないことも必要です。こうした現地の細かいニーズをいかにつかむか。その上で、グローバルなナレッジを活用して、ニーズを満たす商品をいかに開発するか。消費財の分野では、それが非常に大きなテーマになっています。国や地域ごとに消費者のナマの声を聞くために、研究開発部門を現地に置く日本企業も増えつつあります。

門倉 地域ごとに異なる生活習慣や文化、宗教に対応した商品づくりは容易ではありませんね。

新井 細かい現地のニーズを把握するためには、最終的には現地化するしかないと思います。現地の人たちを雇って定着させ、一方では駐在員が現地語を話せるようにする。そのためには長い時間がかかります。

門倉 韓国企業はそういう活動を続けてきました。現地の言葉を含めたトレーニングを数年にわたって行い、それぞれの地域に根付いた人材を育てています。こうした長期的な取組によって現地のニーズを把握し、それに合った商品を導入してブランドを浸透させる。ブランド認知度がある程度まで上昇したところでようやく採算が合うようになる。それまでの一定期間は赤字に耐えなければなりません。

流通チャネルの確立に向けて現地企業との関係をいかに構築するか

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安瀬 和博
日本IBM GBS事業
執行役員 パートナー
安瀬 長期的な視点の重要性は、流通チャネルの開拓にもいえることです。そこでは、大きく3つの課題があると思います。第1に、現地のリテイラーや物流業者との親密な関係づくり。第2に、サプライ・チェーンの構築です。特に食品などの分野では、現地生産・現地消費が基本。また、安全性などを含めたリスク管理の体制も求められます。第3に、流通チャネルの役割の1つとして、いかに消費者の動向をキャッチするか。これら3つの観点で、先行したグローバル企業と日本企業の間にはかなりのギャップがあります。

門倉 トヨタやパナソニックなどは、10年単位の時間をかけて自分たちで流通チャネルを築いてきました。ただ、それにはコストもかさみますから、同じことをできる日本企業が多いとは思えません。1つの選択肢は、現地企業との合弁です。たとえばロシアの国内メーカーは、ブランド力のある商品をあまり持っていません。そこで彼らの流通チャネルを活用して、その上でブランド力のある日本企業の商品を展開するといった形です。その際には、お互いにメリットがあるスキームづくりがポイントになるでしょう。

新井 ブランド価値の維持という観点では、小規模なリテイラー相手はリスクが高い。日本のメーカーの場合、商品のブランディングを確立するためには、メガ・リテイラーと組む方が好都合でしょうね。

安瀬 成長を期待できるメガ・リテイラーとの関係づくりは、日本企業の新興国戦略の大きな部分を占めているといえるでしょう。その一方で、現地の事情に合った流通網づくりの工夫も重要です。これは海外の乳飲料メーカーが新興国に進出したときの話ですが、牛乳を配達して販売しようとしたところ、宅配した商品がしばしば盗まれてしまったそうです。鍵のかかる箱を置いたのですが、これも壊されて役に立たなくなった。そこで、地区ごとに配達所を設置して、消費者がそこに取りに来る仕組みにしたところ、事業は軌道に乗ったといいます。その国、その地域の状況に応じた売り方の工夫はいろいろと考えられると思います。

門倉 流通を担うパートナー、消費者からの信頼も大事です。1997年のアジア通貨危機の際、多くの日本企業が新興国市場から撤退しました。そうした決断が必要な場面もあると思いますが、その際にインドネシアに踏みとどまったシャープは現地の信頼を得て、その後ビジネスを大きく発展させています。

新井 ここで、少し別の角度から考えてみたいと思います。流通網の構築を含めて、新興国でゼロから市場を開拓するのは容易なことではありません。この分野では、政府の役割が非常に大きいように思います。経済産業省や政策投資銀行、JETROなどが一体となって支援する仕組みが必要ではないでしょうか。

先進国とは異なる新興国市場の多様性。画一的なモデルを当てはめるのは危険

門倉 新興国市場に進出する際、気をつけなければいけないのは国や地域による特性の違いです。どこかの国で成功したとしても、そのビジネス・モデルをほかの地域に展開することは難しい。新興国に画一的なモデルを当てはめるのは危険だと思います。

新井 アジアといっても、そこには多様な国や地域がある。インドに行けば、州によってかなり生活習慣や文化が異なります。これが先進国市場との大きな違い。ヨーロッパの各国や北米のアメリカとカナダを見れば、そこには経済的、文化的な一定の共通性があります。したがって、ある程度共通したモデルで対応することも可能でしょう。しかし、新興国はそういうわけにはいきません。

安瀬 その意味で「グローカル」な組織づくりが重要になると思います。本部が示す大きな方針に沿って各地域がオペレーションを工夫する。そして、全体としての最適化を目指すという形です。地域ごとにいかにオペレーションを迅速に変えられるかが、グローバル企業の成功要因になるのではないでしょうか。

門倉 現地に任せるためには、それぞれの地域に一定の能力がなければなりません。たとえば韓国企業は広告費用などを含め、かなり大きな裁量権を現地に認めています。それができるのは、人材を含め、現地のオペレーション能力が高いからだと思います。また、そうした現地の状況を本社がつかむ必要もありますから、POSデータなどを含めた情報やシステムが非常に重要になります。

安瀬 日本企業においても、グローバルIT基盤整備の検討を開始している、もしくは積極的に投資している企業が増えています。それによって情報の可視化はできているのですが、課題はそれをアクションにつなげる部分だと思います。

新井 そこは経営の課題ですね。韓国企業と日本企業の違いがいくつか示されましたが、最大の違いはリスクテイクではないかと私は思っています。韓国のグローバル企業にはオーナーがいて、素早く大きな決断を下し実行しますが、日本企業にはなかなかマネのできないことです。もちろん、だからダメだと言うつもりはありません。日本企業の強みを生かせば、やり方次第で突破口を切り開くことはできると思います。

組織とITの仕組みでグローバル戦略とローカルのオペレーションを最適化する

安瀬 最近はさまざまな業界で日本企業による新興国企業の買収が目立つようになりました。確かにそれで売上は増えていますが、合併によるシナジーを創出している企業は少ないように思います。

門倉 日本企業が現地で存在感を高めるために、M&Aは1つの有効な戦略だと思います。ただ、玉石混交という面もあるのでよく調べる必要はありますが。

新井 M&Aを上手に活用すれば、自社に足りないものを補完したり、成長を促進したりすることができます。そこで重要なのは、何のためにM&Aを行うのかという目的です。新興国企業は値段の面からも買いやすいのでしょうが、目的が不明確なままだと失敗します。10年、20年後をにらんだ戦略の中で、そこをしっかりと吟味しなければなりません。

安瀬 合併後の統合も重要なテーマです。それがうまいのは欧米系のグローバル企業で、極端に言えば買収した翌日から、その企業が全体の一部として機能するような仕組みを持っているところもあります。それを可能にしているのは、標準的な経営のプラットフォームです。先ほどグローカルという言葉を使いましたが、グローバルの戦略とローカルのオペレーションを最適化する組織やITの仕組みは今後さらに重要になると思います。

ご紹介

  • 新井 淳一の写真

    新井 淳一

    社団法人 日本経済研究センター 会長

1940年生まれ。1964年、東京大学経済学部卒業後、日本経済新聞社に入社(東京本社編集局)。ニューヨーク特派員、東京本社編集局長などを経て、2003年に取締役副社 長(広告・国際担当)、2004年に代表取締役副社長に就任。2008年5月より現職。日本経済研究センターは、1963年に日本経済の発展に寄与することを目的に設立された非営利の民間研究機関。学界、官界、産業界との幅広いネットワークを持ち、内外の財政・金融・経済・産業・経営などの諸問題について調査・研究や政策提言を行っている。


  • 門倉 貴史の写真

    門倉 貴史

    BRICs 経済研究所 代表

1971年神奈川県横須賀市生まれ。1995年、慶應義塾大学経済学部卒業後、浜銀総合研究所の研究員となり、社団法人日本経済研究センター、東南アジア研究所(シンガポール)へも出向。2002年に第一生命経済研究所に移籍し、経済調査部主任エコノミストとしてアジアやBRICs諸国についての論文を数多く発表。2005年に退社し、BRICs経済研究所代表へ就任。現在は、国内外の経済に関する著書や雑誌への執筆、講演活動を積極的に行っている。