
大久保 伸夫
日本IBM GBS事業 戦略コンサル
ティング グループ パートナー
現在、多くの日本企業が高い成長を続ける新興国市場への展開を加速させているが、欧米企業や韓国企業はそれを上回る売上増を実現している。新興国で大幅な事業拡大を実現するためには、まず経営トップが本気で取り組む覚悟と決断が必要だ。そして、本社に市場分析や戦略立案のためのマーケティング・インテリジェンス部門を設置し、新興国市場の開拓・深耕に中長期的に取り組む体制の構築が必要となる。具体的には、現地のベスト・パートナーの選定や、地元政府との関係構築、さらには自前の物流体制の整備や人事制度を改革していくことなどが成功のカギとなる。
非連続的な成長市場に対して腰を据えて取り組む
日本の大手製造業50社の過去7年間の売上高推移を地域別に見ると、国内は横ばいなのに対して、新興国は年率17%増と順調に伸びている。しかし、欧米や韓国などのグローバル企業は日本企業の2倍前後のペースで新興国での売上を伸ばしている。「日本標準ではトップギアなのですが、世界標準で見るとローギアで、展開スピードはむしろ遅れています。日本企業には大きな可能性があるのですが、戦略立案のための情報入手や意思決定に時間がかかり過ぎています」と、日本IBM 戦略コンサルティング グループ パートナーの大久保伸夫は語る。
加えて、大きな問題となるのが業績目標の立て方だ。海外拠点の責任者は過去の実績をベースに、対前年比α%増という保守的予算を組みたがる。しかし、新興国は非連続的に成長するマーケットのため、顧客ニーズの変化や政府の規制緩和など、事業環境が短期間で激変し、年度が終わってみれば前年比二桁成長で予算を大幅に達成などという例が後を絶たない。これでは予算策定の精度の低さが問われても仕方がなく、タイムリーな経営資源の投入も難しい。これを防ぐためには、目標設定を現地に任せきりにせず、本社が積極的に関与しながら、市場の成長スピードを見極め、それを前提にした事業計画を策定することが重要だ。
もう一つが時間軸の考え方だ。日本企業の駐在員は平均5年前後で交代するが、たとえば韓国企業は10年以上の長期駐在者が少なくない。その国の言語、商習慣に精通した駐在員が、長期的視野で市場開拓にあたる。「1997.98年のアジア通貨危機の際に新興国の需要が急激に収縮し、現地拠点を縮小・撤退した日本企業もありましたが、韓国企業は危機をチャンスととらえ、プレミアム・ブランド構築に向けたマーケティング投資を積極的に行いました。歯を食いしばって赤字経営を複数年耐え抜き、その後10年間活動し続けた結果が現在の躍進につながっています」(大久保)。その意味で、日本企業の伝統的なKPI(重要業績評価指標)である「3年で単年度黒字、5年で累積損失解消」の尺度ではなく、より長い時間軸で業績目標を考えることがポイントになる。
ベスト・パートナーを選び政府との信頼関係を築く
新興国への本格的な進出にあたって、まず必要なのは経営陣の覚悟と決断だ。日本企業の場合、経営陣の多くは市場理解が進んでおらず、コミットメントが弱いのが実情だ。それに対して欧米・韓国企業は、経営トップが新興国にフットワーク軽く出向き、市場と対話し、購買決定権者にトップ・セールスをかけながら、現地で陣頭指揮をとっている。
このように経営トップが機敏に意思決定を行うためには、市場情報をリアルタイムで収集し、分析する機能が欠かせない。「現地の市場情報を定点観測できるマーケット・インテリジェンスの機能を現地と本社の双方で持ちます。マクロ経済データや都市ごとの所得別世帯増加率などの統計データに加えて、調査員が家庭を戸別訪問し『お台所拝見』のような手触り感のある生活者情報も同時に整備していきます」(大久保)。そして、モノづくりであれば「引き算の発想」で、現地のニーズに合った機能に絞り込んだ製品を廉価で投入するなど、新興国市場向けの商品開発が必要となる。
現地での展開で重要なのは、「何をするかよりも、誰とするか」だ。現地のマーケットに精通し、強力な販売チャネルを有するパートナー企業を見つけ、アライアンスを組んでいく。「国内では低シェアながら、ロシアではシェアが高く、ブランド・イメージも良い自動車メーカーがあります。その成功の背景には、ロシア最大の自動車輸入販売事業者と組んだことが挙げられます。そこが現地での店舗展開、商品・広告戦略、人材教育などを一手に担っています。また卓越したアフターセールスを提供するなど、売りっぱなしが基本だったロシアの自動車サービスで、最初に顧客満足の概念を持ち込むなど、次々と新しいサービスを発想し、展開しています」(大久保)。
次に重要なのが「PRよりもGR(Government Relations)」である。新興国では、企業の経済活動に対して国家レベルが介入するケースが少なくなく、中央政府との関係はもとより、州や省など地方政府との関係も極めて重要だ。経営陣が政府要人と信頼関係を構築することにより、マーケットへのアクセスや工場建設時の優遇措置などが可能になるのが新興国の特徴である。
成否のカギは現地人幹部の登用と駐在員への高評価
最後に「物流を制する者が市場を制す」である。新興国、特にBRICsは国土が広いため、物流体制を整備し、大都市圏で高まる消費需要を機敏に取り込むサプライ・チェーンの構築が重要である。たとえば輸入通関の場合、内需が高まると海外からの貨物(コンテナ)が急増する。しかし新興国の港湾インフラは脆弱で、ターミナルの処理能力は必ずしも高くなく、輸入貨物が滞留するケースがある。内陸輸送も同様だ。国境付近ではトラックが数10kmの長蛇の列を作って通関待ちをするケースもある。したがって海上輸送、航空機、トラックや鉄道などの多様な輸送ルートを確保し、特定の通関ポイントで陸揚げが難しい場合は、ほかの輸送手段に機敏に振り替えるなどの工夫が必要だ。輸入通関後は、州や省を越えて遠隔の地方都市にタイムリーに配送する物流網の整備も重要となる。たとえば自動車や家電業界では、現地の販売代理店や大手量販店がメーカーに対する取引条件としてDDP※を要求するケースが増えてきている。この条件を満たすためには、大都市部に加えて、内陸部に第2の物流センターを構築するなどの工夫が必要だ。
こうした形で立てた戦略実行の成否のカギは人材にある。日本の経営トップのメッセージを現地に浸透させ、定着していくには、現地人幹部の力が重要になる。現地で業績を上げた現地人幹部を日本の本社の経営層に登用していくキャリアパスを整備し、モチベーションを高める。併せて、駐在員も新興国で業績を上げた人を評価する人事制度にしていく。これを車の両輪として実行することにより、本社の方針が浸透し、新興国での高い成長が可能になる。
※ Delivery Duty Paid-仕向け地持ち込み渡し・関税込み条件。メーカーは、指定された目的地まで商品を送り届けるすべてのコスト(輸入関税を含む)とリスクを負担する。
図: 新興国市場で成功するための5つのポイント
