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最終回 共同開発プロジェクト「サファイア」回顧録

100万台出荷達成までの10年の道のりから、世界のテープ市場をリードするIBM製品の底力を知る

目次

  • 岡田 啓一の写真

    日本アイ・ビー・エム株式会社
    開発製造・大和システム開発研究所長
    岡田 啓一

    1982年入社。磁気と光、双方のディスク開発製造を経験した後、1997年にLTOテープ・ドライブ開発の立ち上げに参画。その後、大和システム開発研究所におけるテープ開発を10年間リードしてきた。現在は、大和システム開発研究所長を務める。

LTOテープ・ドライブの原点

エンジニアも目を見張る高度な技術
今から10年前の1998年11月23日、私は大きな夢と希望と、おそらくそれを上回る不安を胸に、米国西部アリゾナ州にあるツーソンという田舎町の空港に降り立ちました。日本IBM大和システム開発研究所とIBMツーソン研究所の共同による戦略的テープ・ドライブ開発プロジェクト(コードネーム「サファイア」)のプログラム・マネージャーを任命された私にとって、この日は記念すべき海外勤務初日でした。そして、この「サファイア」の成果こそ、2008年現在、ミッドレンジ・テープ市場で不動の地位を築き上げているLTOの第1世代、つまり、当時はまだ無名だった“初代LTOテープ・ドライブ”なのです。

テープ・ドライブ開発の当初、参画した日本IBM大和システム開発研究所のエンジニアは、テープの高度な技術には驚きを禁じ得ませんでした。たとえば、万が一テープが折れ曲がったり、テープに穴が開いたりしても、確実にデータを読み返せるように賢く工夫されたデータ・フォーマット。また、書き込み動作を行うと同時に書き込まれたデータをリアルタイムに読み返し、データになんらかの不具合を見つけたら再度正しいデータを書き込むという、高信頼性を確保する仕組み・・・。多くの高度な技術に目を見張るとともに、「我々もやらなくては!」と大きな意気込みを持って臨みました。それもそのはず、大和システム開発研究所が開発を担当していたのは、これらの技術を機能させるための信号処理を行う大規模集積回路だったのです。

非常事態の発生に寿命が縮む思い
こうして日本IBM大和システム開発研究所のエンジニアはテープの技術に魅了され、いよいよ開発に取り組むことになりました。ここまではよかったのですが、私のツーソンでのプログラム・マネージャーとしての仕事は、実にここからが修羅場でした。大和システム開発研究所による集積回路の開発作業は、想像以上に複雑で手強く、大幅な遅れが生じてしまったのです。その結果、日米IBMの共同開発プロジェクト「サファイア」が、当初のスケジュールより半年以上も遅れていることが判明。開発の遅れという失態は、まもなく当時のIBMテクノロジー事業部の上級副社長やCFOの耳にも入り、「“大和システム開発研究所のせい”でサファイアが失敗に終わる!」という悪評まで立ってしまいました。寿命が縮む思いとは、まさにこのことでしょう。日本から“助っ人”のつもりでツーソンに乗り込んだ私にとっては、大きな誤算であり、大変な試練を迎えることになりました。

しかし、こんなことで沈んでいる余裕などありません。ようやく完成した大規模集積回路の試作品を前に、「これからが組織の真価を問われる最も重要な局面だ!」と気合いを入れ直しました。通常なら、ハードウェア開発チームとファームウェア(組み込みソフトウェア)開発チームは、お互いの責任範囲をスペック(設計仕様)によって切り分け、それぞれ独立して作業を進めるのですが、“半年以上もの開発の遅れ”という非常事態です。この時ばかりは、両チームが団結して厳しい局面を乗り越えることになりました。